弾道ミサイルの発射を最初に探知する手段としては以前から、衛星に載せた赤外センサーが使われている。アメリカを例にとると、DSP(Defense Support Program)に始まり、次にSBIRS(Space Based Infrared System)が出てきた。では、極超音速飛翔体はどうだろうか。

静止衛星と周回衛星

弾道ミサイル用の早期警戒衛星のうち、DSPは静止衛星である。一方、SBIRSは静止衛星のSBIRS-GEO(Geosynchronous Earth Orbit)と、周回軌道に配置するSBIRS-HEO(Highly Elliptical earth Orbit)の2本立てになっている。と、この話は本連載の第7回でも書いた。

なぜそんなことになったかといえば、静止衛星は赤道の真上にしか置けないので、北極や南極に近い高緯度地域のカバーが手薄になる傾向があるからだ(通信衛星にも同じ問題がある)。そこで、高緯度地域のカバーを強化するためにHEO衛星を加えた。

では、極超音速飛翔体についてはどうするか。「なるべく早いタイミングで飛来を探知して、どこからどこに向かっているかを知る方が、応戦するための時間的余裕を稼げる」という事情は、極超音速飛翔体でも変わらない。

そこで昨今、ちょいちょいニュース種になっている「コンステレーション」の話が出てくる。もっとも、「コンステレーション」とは本来、「衛星群」を意味する一般名詞であって、極超音速飛翔体を探知するための衛星だけを指す言葉ではない。

それはともかく、極超音速飛翔体を含む新手の「ミサイル脅威」を探知・追尾するための衛星として、アメリカでは2つの計画が走っている。

ひとつは、米ミサイル防衛局(MDA : Missile Defense Agency)のHBTSS(Hypersonic and Ballistic Tracking Space Sensor)計画。最初の衛星打ち上げは2022年を予定している。中範囲の視野角(MFOV : Medium Field of View)を備える電子光学センサーを搭載する。

  • Northrop Grummanは、HBTSSにおいて、極超音速飛翔体の脅威を検出・追跡するためのセンシングソリューションを開発している 引用:Northrop Grumman

    Northrop Grummanは、HBTSSにおいて、極超音速飛翔体の脅威を検出・追跡するためのセンシングソリューションを開発している 資料:Northrop Grumman

もうひとつが、宇宙開発庁(SDA : Space Development Agency)が進めているSDAトラッキング・レイヤー計画。こちらも2022年の打ち上げを予定している。広範囲の視野角(WFOV : Wide FOV)を備える電子光学センサーを搭載する。

どちらも静止衛星ではなく、低高度の周回軌道、いわゆるLEO(Low Earth Orbit)を周回する衛星群を用いる。軌道高度が低い分だけ探知目標までの距離が近くなる利点がある一方、ひとつの衛星でカバーできる範囲は狭くなる。そこで、それは数で補うことにしている。なんのことはない、衛星携帯電話と同じである。

LEOを使用する際の課題

静止衛星の軌道高度は地表から約36,000kmと高いから、カバーできる範囲は広い。なにもミサイル早期警戒衛星に限らず通信衛星にもいえることで、地球の全域をカバーするためには3基の衛星があれば済むとされる。これは衛星から地表に向かうダウンリンクも同様で、静止衛星を使用するミサイル早期警戒衛星からダウンリンクを受けるための地上局は、3ヶ所あれば済む計算になる。

ところが、軌道高度が低いLEOでは話が違う。カバーできる範囲が狭いということは、ダウンリンクを受けられる範囲も狭いということだ。だから衛星携帯電話では、複数の衛星がリレー式に通信を引き継いでいる。といってまさか、地球上の至るところにダウンリンクを受けるための地上局ネットワークを展開するわけにも行かない。

すると現実的な解決策は、赤道上の静止軌道上にデータ中継衛星を置く、という話になる。もちろん、地球の全域をカバーできるように、最低3基は要るだろう。低高度で周回しているミサイル早期警戒衛星は、脅威の飛来を探知したら、そのデータをデータ中継衛星にアップリンクする。そして、それをデータ中継衛星が最寄りの地上局にダウンリンクする。

この方法なら、地上局の数は少なくて済む。その代わり、信頼性が高く、十分な伝送能力を備えた衛星間リンクを実現しなければならない。ただし、これは目新しい話というわけでもない。すでに、国際宇宙ステーション(ISS : International Space Station)やハッブル宇宙望遠鏡などで使われているTDRS(Tracking and Data Relay Satellite)みたいな先例がある。

TDRSは第1世代の衛星が7基(1基は打ち上げに失敗しているので実質6基)、第2世代と第3世代の衛星がそれぞれ3基ずつ、打ち上げられている。この数字は、「地球の全域をカバーするには3基が必要」という話とも符合する。もっとも、実際に稼働している数はもっと多いのだが。

そのTDRSは軍事利用も行われているようだから、利用可能な中継機があればミサイル早期警戒衛星のデータ中継に利用できるだろうか? それとも別の衛星を上げることになるだろうか?

  • NASAの第3世代のTDRS-M。2017年にユナイテッドローンチアライアンス(ULA)のアトラスVロケットから分離された後、軌道に乗ることに成功している 写真:NASA

    NASAの第3世代のTDRS-M。2017年にユナイテッドローンチアライアンス(ULA)のアトラスVロケットから分離された後、軌道に乗ることに成功している 写真:NASA

また、衛星間リンクを電波でやるか、それともレーザー通信でやるかというのが、個人的に気になるポイントではある。アメリカでは過去に、衛星通信によるバックボーン・ネットワークの構築を企図してTSAT(Transformational Satellite)という計画を立ち上げたことがあったが、ここで衛星間レーザー通信を使用する構想になっていた。ただしTSAT計画は、開発難航とコスト高騰が原因で頓挫した。

ヨーロッパでは、エアバス・ディフェンス&スペースが欧州宇宙機関(ESA : European Space Agency)向けに手掛けている、スペース・データ・ハイウェイことEDRS(European Data Relay System)衛星が、レーザー通信を使っている。ただし伝送速度はTSATよりも遅く、その分だけ実現のためのハードルは低かったかもしれない。

ともあれ、「極超音速飛翔体の探知・追尾を行う新しい衛星群はLEOを使用するから、地上にデータをダウンリンクするためにはデータ中継衛星が必要ではないか?」というところだけ理解していただければ、それで十分だろう。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。