今回も前回に引き続き、軍事のさまざまな分野における人工知能(AI : Artificial Intelligence)の活用事例を見ていく。無論、実用段階のモノばかりとは限らず、研究段階のものもあるが、アイデアを知る一例としては意味があるだろう。

米軍におけるデータの解析

データは大量に集めて積み上げるだけでは意味がなく、それを解析して、意味のある情報を拾い出して、初めて役に立つ。ところが、データが大量に集まるほど、それを解析して有意な情報を拾い出す作業は面倒になる。何か特定のパターンがないか、といってデータの山と格闘する場面でも、事情は変わらない。衛星写真の解析では、日常的に起きていることである。

そこで、米国防高等研究計画局(DARPA : Defense Advanced Research Projects Agency)が取り組んだ解析ツール開発案件が、COMPASS(Collection and Monitoring via Planning for Active Situational Scenarios)。これは、紛争などに絡んで発生する大量のデータを収集・解析して、背後にある証跡や分析を提示するというものだ。ユーザーは軍の分析担当者や計画担当者である。

すでに、2020年の春に米インド太平洋軍(USINDOPACOM : US Indo-Pacific Command)が、プロトタイプを実地に試してみている。今後の動きに注目してみたい。

  • 「COMPASS(Collection and Monitoring via Planning for Active Situational Scenarios)」のイメージ 資料:DARPA

    「COMPASS(Collection and Monitoring via Planning for Active Situational Scenarios)」のイメージ 資料:DARPA

  • 今年3月に実施された米インド太平洋軍による「COMPASS」のテストの様子 資料:DARPA

    今年3月に実施された米インド太平洋軍による「COMPASS」のテストの様子 写真:DARPA

情報システムにAIを持ち込む動きは、これ以外にもある。米軍ではDCGS(Distributed Common Ground System)という3つの軍共通の情報システムを運用しているが、それの改良版「CD2(Capability Drop 2)」を開発する際に、AIを利用するデータ分析機能を取り込むことになった。開発担当はBAEシステムズだ。

センサーが捕捉したデータの中から本物のターゲットを拾い出す作業にAIを活用する動きもある。これも一種の「データの解析」といえる。そして、前回に取り上げた誘導武器やターゲティング・ポッドだけでなく、衛星画像の解析に活用する事例も出てきている。その一例が、ロッキード・マーティンが2019年6月に発表した衛星画像解析システム・GATR(Global Automated Target Recognition)。これもまた、べらぼうな分量のデータから有意な情報を拾い上げるためにAIを活用しようとする取り組みの1つといえる。

衛星画像の解析では、単に1枚の写真から何かを見つけ出そうとするだけでなく、同じ場所を異なるタイミングで撮影した複数の写真を比較照合する作業が発生する。例えば、某国の核関連施設や核実験場、ミサイル試験場を定期的に偵察衛星で撮影していれば、比較して差分をとることで「以前と違う施設が増えている」とか「新たに何かが搬入されている」といったことがわかる。

その比較照合は、知識と経験と記憶力と根気が問われる面倒な仕事だが、それをAIにやらせて、相応の成果が上がればメリットは大きい。最後の「詰め」を人間がやるにしても、その前段階で篩をかける作業を自動化できれば、人的負担は大幅に軽減できると期待できる。

また、同じタイミングで撮影した可視光線映像と赤外線映像を比較する、というタスクも発生する。可視光線映像では怪しいモノが何も見当たらないのに、赤外線映像では怪しいモノが映っていた、ということもあり得る。

偵察衛星は、飛ばして写真を撮るだけでは役に立たない。撮った写真から有意な情報を拾い出すことができて初めて、役に立つ存在になるのである。そのプロセスを効率的に、迅速にできる手段ができればありがたい。

そのロッキード・マーティンは別口で、情報収集・監視・偵察(ISR : Intelligence, Surveillance and Reconnaissance)用のポッドにAIを持ち込み、ターゲットの位置標定や自動経路設定、目標の確認を、敵対的環境を模擬した状態で実施する実証試験を2020年の春に実施している。機材一式をポッド化してF-16に搭載したという。

前回、ラファエル・アドバンスト・ディフェンス・システムズ製のLITENING 5ターゲティング・ポッドを紹介したが、これはデータを地上側に送って処理する形だった。それに対してロッキード・マーティンの事例は、ポッドそのものに解析機能を持たせているようである。

測位の支援

センサー・データの解析といえば、2020年7月に、ちょっと面白そうな話が報じられた。

近年、GPS(Global Positioning System)に対する妨害や欺瞞の問題が表面化してきている。GPSはPNT(Positioning, Navigation and Timing)、つまり測位だけでなく航法や測時の手段としても重要なので、それが妨害されたときのダメージは大きい(だからこそ、敵対勢力は妨害に走るわけだが)。そこで、GPSが使えなくなった、あるいは信頼できない状況になった場面に備えて、代替PNT手段に関する研究がいろいろ進められている。

そして、すでに話が出ている量子時計、あるいは慣性航法システム(INS : Inertial Navigation System)の小型・高精度化に加えて、地磁気の利用という話が出てきた。手掛けているのは米空軍で、磁力計を装備してデータをとるのだという。ところが、あいにくとノイズが多い。

そこで、そのノイズを排除するためにAIを活用することで、誤差を10mまで追い込める可能性が見出されたのだそうだ。まだ研究段階であり、これが本当に実用品として出てくるかどうかは分からないが、こんな使い方もありますよ、という一例にはなる。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。