過去2回にわたり、軍事分野における仮想現実(VR : Virtual Reality)技術の活用について取り上げてきた。そこで今回は続きとして、拡張現実(AR : Augmented Reality)の事例も見てみよう。
ARで射撃を支援
VRを使用する射撃訓練は、個人レベルの戦闘訓練に用いる事例が多い。それに対して米海軍は、ARを射撃の支援に利用する実証試験を実施したことがある。
米海軍は大西洋側と太平洋側のそれぞれに、宇宙・海洋戦闘システム・センター(SSC : Space and Naval Warfare Systems Center)という組織を置いている。そのうち、太平洋側のSSCパシフィックが、ARを利用した艦艇向けの射撃支援機材・GunnAR(Gunner Augmented Reality)を開発して、2016年12月に陸上で、2017年6月にイージス巡洋艦バンカーヒル(CG-52)の艦上で、それぞれ実証試験を実施した。
これの対象は、艦上に設置した機関砲を扱う銃手。艦上に設置した機関銃や機関砲は、BAEシステムズ製のMk.38みたいに電子光学センサーの映像を見ながらジョイスティックで遠隔操作しながら撃つものと、機関銃や機関砲に銃手がついて、自分で操作しながら撃つものがある。そして、GunnARの対象は後者だ。
機関銃や機関砲につく銃手は当然ながら露天甲板上に出るので、身を護るためにヘルメットなどを身につけている。それは必需品だが、視界や身体の動きを妨げて、状況認識を阻害する一面もある。そこで考え出されたのがGunnARで、状況認識を改善するためにARを併用しようという狙いがある。
例えば、艦上の対水上レーダーが捕捉した目標の情報を、ARを利用して、銃手のヘルメットに取り付けたヘッドセットに表示する。こうすることで、目視で確認するよりも早く確実に、交戦対象に関する情報を得られるかもしれない。
また、操艦と同様に射撃の分野でも、射撃を指揮する士官と、実際に機関銃や機関砲を操作して交戦する下士官兵は別にいる。すると、両者の情報共有やコミュニケーションが問題になる。士官が「撃て!」といったのに、周囲が喧しくて担当の銃手がそれを聞き取れず、敵を討ち漏らした……なんていったら一大事。
そこでARを持ち込み、銃手のヘルメットに取り付けたヘッドセットに目標指示や交戦に関する情報を表示してやることで、情報共有の改善を期待できる。
ARを訓練に活用
敵と交戦中の地上軍を空から支援する、近接航空支援(CAS : Close Air Support)という任務様態がある。しかし、高速で飛んでいる航空機のパイロットが、敵の対空砲やミサイルを避けながら敵を見つけて交戦するのは、なかなか忙しくて大変な仕事。
しかも敵味方が近接して撃ち合っている現場だから、敵味方の識別を間違えれば友軍相撃につながってしまう。余談だが、友軍相撃のことを英語圏では「blue on blue」 という。
そこで、前線航空統制官(FAC : Forward Air Controller)あるいは統合終末攻撃統制官(JTAC : Joint Terminal Attack Controller)と呼ばれる人を置く。FACやJTACは地上軍に随伴して、目標を確認するとともに、上空にいるCAS担当の友軍機に対して攻撃の要請を出す。
FACやJTACがレーザー目標指示器を持っていれば、セミアクティブ・レーザー誘導兵装のための目標指示ができる。測位機能とレーザー測遠機を組み合わせれば、目標の緯度・経度を割り出せるので、その情報を送ることでGPS(Global Positioning System)誘導兵装の投下指示に利用できる。
そのFACやJTACを訓練するために、ARを利用する訓練機材を開発したのがオランダ陸軍。担当メーカーはレーベンスウォード・ソリューションズという会社だ。このMARTE-O(Modular Augmented Reality Tracking Equipment for Observers)という機材は、米海兵隊が先に導入していたAITT(Augmented Immersive Team Training)の発展型だという。
AITTやMARTE-Oは、現実空間の映像に、航空機や車両、火砲や航空機搭載兵装といった情報を組み合わせる。すると、実際に戦闘機や攻撃機を飛ばさなくても、仮想の機体を表示できる。敵役についても、本物の戦車や車両を持ってくる代わりに、仮想の映像を表示できる。それにより、安上がりかつ低リスクにリアルな訓練環境を実現できるという目論見であろう。
機体検査にAR
まだ「開発しましょう」という合意がまとまった段階で、具体的なモノは出てきていないのだが、面白そうな話に手をつけているのがエアバスとスペイン空軍。
この両者は2019年5月末に、輸送機の検査にARを活用するための研究開発を進める、という趣旨の合意をまとめた。まずは西空軍・第31航空団のA400Mを対象とするが、C-295やCN-235を対象に加える構想もあるという。
具体的な内容はというと、「カメラを搭載したドローンを飛ばして機体の外部検査を行う際に、カメラから送られてきた映像にARを適用する。それにより、整備の手順や修正策を迅速に割り出して適用できる」というのだが、具体的にどんな情報を表示するのかは定かでない。これから研究開発を進める段階のものだから、具体的な映像も出てきていない。
とはいえ、注目したい取り組みではある。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。