前回、電子戦の話について書いた。今回はその続きで、パッシブ探知の活用に焦点を当ててみたい。

方位以外の情報を得られないものか

第351回で、「パッシブ探知では方位しかわからない」と書いた。これは、基本的には間違いではなくて、少なくとも発信側と受信側の位置関係が固定的なものであれば、この原則は成立する。ところで。海の中に目を向けてみると、潜水艦乗りはパッシブ・ソナーだけを使いながら、聴知した探知目標の的針・的速(探知目標の針路と速力という意味)を把握しようとして、いろいろ工夫をしている。

ある地点でのパッシブ・ソナー探知では、当然ながら方位しかわからない。そこで、自艦の位置を変えつつ継続的にパッシブ探知を試みる。すると、静的な方位ではなく方位変化率の数字が得られる。的針・的速が同じでも、探知目標が近ければ方位変化率は大きくなるし、探知目標が遠ければ方位変化率は小さくなる。

つまり、方位変化率のデータが、探知目標までの距離を推測するための材料になっている。そこに自艦の動きを加味することで、探知目標との相対的な位置関係を把握しようと試みるわけだ。

(余談を1つ書くと。水上の艦船が潜水艦探知を避けようとして針路を変換する、いわゆる「之字運動」みたいなことをするのは、この相対的な位置関係の把握を困難にする狙いによる。漫然と同一針路・同一速力で航走している方が把握しやすいから)

ただ、洋上を走る艦艇はもともと、速力の範囲がそんなに広くない。商船なら20ktぐらいまでしか出さないフネが大半だし、軍艦でも常に最大速力で走っているわけではない。最大速力が25ktとか30ktとかいう艦でも、平素は原速(12kt)ないしは強速(15kt)ぐらいだろうか。(1kt=1.852km/h)

つまり、的針はともかく、的速の推定可能範囲は意外と狭いから、その範囲内で的速の「あたり」をつけることができる。それに、探知目標が近くなれば、聴知した音からスクリューの回転数を推測する手を使えるかもしれない。的速のあたりだけでもつけられれば、残る可変要素は的針だけとなる。

では、航空機に搭載するレーダー警報受信機(RWR : Radar Warning Receiver)やESM(Electronic Support Measures)はどうか。航空機は常に移動しているのだから、逆探知した電波の発信源との相対的な位置関係はどんどん変化していく。しかも、艦艇と比べると速度が速いから、変化率も大きいはずだ。それを距離の推定に活用できないか。

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自機の移動に伴う探知の変化

シンプルでわかりやすい例を挙げて考えてみる。

自機が水平直線飛行を行っていて、1時の方向(アナログ時計の文字盤に当てはめた相対方位)にミサイル誘導レーダーの電波を探知したとする。そのまま同一針路で水平直線飛行を続けていれば、そのミサイル誘導レーダーの探知方位は、2時の方向~3時の方向~4時の方向、と変化するはずだ。

自機の針路・速度が同じであれば、方位変化率は対象との距離にのみ左右される。対象が近ければ方位変化率は大きいし、対象が遠ければ方位変化率は小さい。自機の位置・針路・速力は航法システムを使えば分かるから、それに方位変化率の数字を加味すれば、探知目標との距離がどれぐらいなのかを計算することはできそうだ。

また、相手が動かず、こちらが動いていれば、交差方位法も使える。つまり、A地点とB地点でそれぞれ、発信源の方位を調べて方位線を引けば、それらが交差するところが発信源の位置である。

もちろん、ミサイル誘導レーダーの電波が飛んできている時に、漫然と水平直線飛行を行うパイロットはいないだろうから、実際の計算は、はるかに複雑なものになる。ただ、そのミサイル誘導レーダーが地上に固定設置されているものなら、相対位置の変化に影響するのは自機の移動だけであり、まだしも可変要素は少ない。

逆探知したミサイル誘導レーダーが移動していると、話はややこしくなる。それでも、艦載レーダーなら比較的、計算はしやすいと思われる。前述したように、艦艇の速度はそんなに速くなくて、航空機との速度差が大きいからだ。ところが、航空機搭載レーダーだと話は別。特にRWRを作動させるレーダーといえば射撃管制レーダーやミサイル誘導レーダーであり、それを載せる航空機は、速度が速く、機動性に優れる戦闘機である。

例えばの話、敵戦闘機が後ろから接近してきて射撃管制レーダーを作動させた場合、自機がどんなに高速で飛行していても、相対的な位置関係の変化はあまり発生しないのではないか。敵機が自機の「後ろを取り」に来ているからだ。相対的な位置関係の変化が少ないと、方位変化率はたいしたものにならないし、それでは距離の推定も難しくなる。

これは、対進(ヘッドオン)、つまり自機と敵機が向き合って接近する場合も同じ。互いに真正面から向かい合って接近していれば、方位変化率はゼロないしはそれに近い。それでは「真正面で敵機が射撃管制レーダーを作動させている」という以上のことは分からない。電波の強度が強くなるぐらいの変化はあるにしても。

大雑把なデータでも、ないよりはまし

この方位変化率の問題に加えて、RWRやESMが探知目標の方位をどこまで精確に出せるかという問題もある。精度が低いと、微妙な変化は存在しないことになってしまうからだ。さらに、計算処理の能力、自機の機動がどれぐらい激しいか、という要素が関わってくる。

だから、方位と方位変化率の情報を使って距離情報を常に得られます、といいきるのは難しい。しかし、脅威が遠いか、近いか、ぐらいの情報が分かり、かつ(事前の電波情報収集によって)脅威の種類を識別できれば、方位しか分からないよりはマシである。「まずは近い脅威から逃れる方を優先する」といったことができるから。

この手の処理を行うにはコンピュータとソフトウェアが不可欠であり、アナログ電気回路みたいなハードウェアだけで解決するのは無理がある。ソフトウェア制御の時代だからこそ実現できる話、といえるかもしれない。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。