今はロッキード・マーティン社の傘下に入っているアメリカのヘリコプター大手であるシコルスキーが、2019年5月29日にフロリダ州ウェストパームビーチの事業所で、FBW(Fly-by-Wire)化したUH-60Aによる初飛行を実施した。

  • UH-60Aブラックホーク 引用:ロッキード・マーティン

なぜわざわざFBW化?

御存じの通り、FBWとは操縦桿やラダーペダルを操縦翼面と直結せず、飛行制御コンピュータを介して操作する仕組みをいう。操縦桿やラダーペダルはパイロットの意思を飛行制御コンピュータに伝えるための「入力装置」であり、それに基づいてどの舵面をどれだけ動かすかは、飛行制御コンピュータが決める。

それに基づいて電気的に指令を出して、個々の操縦翼面についているアクチュエータを作動させる。指令を出す手段が電気信号ならFBWになるし、光ファイバーによる光信号の伝送ならFBL(Fly-by-Light)になる。

UH-60Aブラックホークは1970年代に開発された機体だから、当然ながらFBWとは縁もゆかりもない。サイクリック操縦桿もコレクティブ・ピッチ・レバーもアンチトルクペダルも、対象となる操縦系統と機械的につながっている。実はヘリコプターでFBW化した事例は少なく、パッと思いつくのはNH90ぐらいだろうか。

シコルスキーが、そのUH-60AをわざわざFBW化する改造を始めたのは、OPV(Optionally Piloted Vehicle)化する計画があったから。OPVといっても外洋哨戒艦(Offshore Patrol Vessel)ではなくて、「有人・無人のいずれでも飛ばせる飛行機」のことだ。

ヘリコプターに限らず固定翼機でも同じことだが、無人で飛ばそうとすれば、飛行制御コンピュータが操縦を司るしかない。そこに入る「意思」を、人間が発するか、コンピュータが発するかという違いである。

ところが、メカニカルな操縦系統しか持たない機体を飛行制御コンピュータが操ろうとすれば、操縦桿やラダーペダルやスロットルレバーを、コンピュータ制御のロボット・アームが産業用ロボットみたいにして操るという話になってしまう。そんな七面倒くさい話にするぐらいなら、FBW化するほうがシンプルで信頼性が高く、しかも軽くコンパクトにまとまる。

ALIAS計画

実は、米国防高等研究計画局(DARPA : Defense Advanced Research Projects Agency)で、パイロットの負担軽減を企図したALIAS(Aircrew Labor In-Cockpit Automation System)という計画を実施している。最初に話が持ち上がったのは2015年3月で、以下の3社に対してフェーズ1契約を発注した。

  • オーロラ・フライト・サイエンス(Aurora Flight Sciences Corp.)
  • ロッキード・マーティン(Lockheed Martin Corp.)
  • シコルスキー・エアクラフト(Sikorsky Aircraft Corp.)

そして、2015年8月に、オプション契約になっていたフェーズ2に移行した。ここで初めて、実際の技術開発と能力実証という話に進んだ。ただ、シコルスキーはロッキード・マーティンの傘下に入って現在に至っているので、3社のうち2社が同じになってしまったが。

そして、先に出てきたUH-60だけでなく、ヘリコプターではシコルスキーS-76、ベルUH-1。固定翼機ではダイヤモンド・エアクラフトのDA42やセスナ208キャラバン、DHC-2ビーバーといった機体で、いろいろ試している。

  • シコルスキーS-76 引用:ロッキード・マーティン

以下の動画は、シコルスキーが2017年に、社有のS-76を使ってALIAS関連の飛行試験を実施した模様を撮影したもの。

Sikorsky Completes DARPA ALIAS Phase 2 Autonomous Flight

その研究開発の過程で、既存の有人機を使った実験を行うのに、前述した「ロボット・アームによる操縦系統の操作」なんていう作業も発生したのだが、それはあくまで検証用。本番の無人化でそんな面倒なことをするつもりはないようだ。

信頼性の面でも重量・スペースの面でも、FBW化するほうが良いに決まっている。第一、有人・無人を使い分けるのに、いちいち大がかりなロボット・アーム一式をコックピットに持ち込んで据え付けるのは面倒くさいし、操作に関わる精度の確保という課題だって出てくるだろう。「取付位置が数mmずれていたので、操縦桿の操作が過剰になっちゃいました」では許してもらえない。

下の動画は、オーロラ・フライト・サイエンスがボーイング737のシミュレータを使って、ロボット・アームによる操作の実証を行った模様を撮影したもの。

Robotic Co-Pilot Flies and Lands a Simulated Boeing 737

ALIAS計画のポイントは有人・無人の使い分け

ALIAS計画の狙いは、既存の機体に自動化システムを追加設置して、飛行中に行う各種の操作や作業を支援することで、人的負担を軽減すること。また、米陸軍では「機体を飛ばすための負担が減れば、その分だけ任務に専念しやすくなるのではないか」と考えているそうだ。

ただ、人間が行っている操縦操作を自動化するということは、無人機と同じ技術が求められるということである。ただ、それを「無人で飛ばすため」とリジッドに考えるのではなくて、「人的負担の軽減」あるいは「有人・無人兼用」と柔軟に考えているところが興味深い。たぶん、「無人でやります」という方が話題にはなりやすいのだが、話題になることが目的ではないのだから、そこにこだわりすぎるのはよろしくない。

なお、有人・無人を使い分ける機体というと、OPVだけでなくOPA(Optionally Piloted Aircraft)あるいはOPH(Optionally Piloted Helicopter)という言葉もあって、意味するところは同じだ。メーカーや、対象プラットフォームの違いによって、VehicleだったりAircraftだったりHelicopterだったりするようだ。

ヘリコプターの有人・無人兼用化というと、アグスタウェストランド(現レオナルド・ヘリコプター)がポーランド製のPZL SW-4ヘリコプターをOPH化して、2013年9月から2014年5月にかけて飛行試験を実施したことがある。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。