過去2回に渡り、「警戒監視」の概論、それに続いて「空の警戒監視」について取り上げた。その続きとして、今回は「海の警戒監視」について取り上げることにしよう。

海を隔てた隣国などに対して本格的な武力侵攻を企てた場合、最終的には海路によって地上軍を送り込まなければならない。それを早期に察知して対処するには、平素から海の警戒監視を怠らないことが肝要である。

領海と接続水域

領海とは、領土の海岸線に沿って設けた「基線」から12海里(1海里は1.852kmなので、約22.2km)の線で囲まれた領域を指す。基線と海岸線の形状は必ずしも一致しないので、領海を囲む線は海岸線ほど凸凹しない。ただし、主要航路になっている海峡部みたいなところでは、昔と同じ領海3海里として、間に自由航行が可能なエリアを設定することもあるようだ。

そこで注意しなければならないのは、無害通航権という概念である。これは、当該国に害を与えない限りは、船舶が他国の領海を自由に通航できる権利のことである。これができなければ、自国の領海は自国の船しか通航できないことになってしまう。

いいかえれば、「害を与える」と判断されるような行動を取る場合には無害通航権は適用されない。具体的な例を挙げると、潜航中の潜水艦や、監視・情報収集・工作活動などの目的で碇泊、あるいは超低速航行を行うようなケースが考えられる。したがって、無害通行権を適用できないような不審な行動をとる艦船がいないかどうか、日常的に監視する必要がある。

その領海の外側に設定するのが、接続水域(contiguous zone)である。これは基線から24海里の範囲で沿岸国が設定する水域を指している。そして、 接続水域では通関・財政・出入国管理・衛生に関する法令違反について、防止や処罰を目的とした措置をとることができる。例えば、日本の接続水域で、日本の法律に違反して密輸や密航を行った不審船を取り締まれる、ということになるだろうか。

ただし、接続水域が意味を持つのは法執行の分野だけで、国家の安全に対する侵害行為は対象外である。そしてもちろん、接続水域は領海の外に設定するものだから、接続水域に他国の船が入り込んでも、それは領海侵犯とはいわない。

領海の外側に設定するという点では、領空の外側に設定する防空識別圏(ADIZ : Air Defense Identification Zone)と似ているが、ADIZは「領空侵犯に対処するための識別」が目的なのに対して、接続水域は「法執行が可能な海域の拡大」という目的であり、意味が違う。どちらにしても、領空や領海とは別物であるという点を押えておいていただきたい。

具体的な監視対象と監視手段

ともあれ、目的が法執行だろうが安全保障だろうが、自国近隣海域において不審な艦船、あるいは悪意をもって行動する艦船を見つけ出して、監視したり、お引き取りを願ったりする必要がある。

探知の手段としては、双眼鏡・望遠鏡・カメラ・赤外線センサーといった視覚的監視手段に加えて、レーダーがある。視覚的監視手段は地味ながら重要で、例えば海上自衛隊ではP-3C哨戒機を使って日本近海の警戒監視飛行を実施、漁船や貨物船から軍艦・不審船に至るまで、さまざまな艦船の動向を搭乗員がレーダーや目視で監視している。

海上自衛隊のP-3C哨戒機。潜水艦だけでなく、日本の周囲に出没するあらゆる艦船が、同機による警戒監視活動の対象になり得る

この、視覚的監視手段やレーダーで艦船の存在を把握するとともに針路や速力を調べて、脅威要因になりそうなトラフィックをいぶり出すのが、いわゆる海洋状況認識(maritime domain awareness)である。

また、近年では船舶自動識別システム(AIS : Automatic Identification System)を導入することで、識別符号、船名、位置、針路、速力、目的地といったデータを発信できるようにする船が増えている。警戒監視を行う側は、発見した個々の船に対してAISによって誰何を行い、正体を把握する手を使えるわけだ。ただし、すべての船舶がAISを装備しているわけではないので、目視による確認も欠かせない。

なんにしても、正体不明の不審船、あるいは正体が判明していても明らかに悪意をもって行動している艦船については、随伴監視や退去指示といった対応行動を取る必要がある。それでも相手がいうことを聞かなければ、空における場合と同様に、警告射撃に発展することもあり得る。

海洋状況認識のためのシステム整備は、領海の保全や侵犯行為の防止だけでなく、密輸・密航対策、海賊対策といった狙いを持つ場合もある。具体的には、東南アジア諸国やアフリカのギニア湾沿岸諸国で、こうした目的を掲げた海洋状況認識システムの整備計画が進んでおり、それを欧米諸国が支援している。

監視用のプラットフォームいろいろ

警戒監視の手段としては、陸上に設けた監視所を使用する方法に加えて、軍艦や巡視船による哨戒、航空機による哨戒がある。いずれをとっても探知手段(センサー)は同じだが、位置が固定されている陸上の監視所と比べると、移動できる軍艦や巡視船の方が機動力があるし、広域監視ということなら足の速い航空機が有利だ。

ただし、陸上に設置した施設なら有線の通信回線があれば済むが、航空機や艦船では無線通信が必要だ。水平線以遠まで進出する可能性もあるから、短波、あるいは衛星を用いた見通し線圏外通信も必須の要素となる。つまり、監視用のプラットフォームが有効に機能するには、信頼できる無線通信インフラが必須という話になる。

ともあれ、こうした監視用プラットフォームと、そこに設けたセンサーや識別装置で得られた情報は、通信回線経由で指揮所に集約して、海洋状況認識用のシステムにとりまとめる必要がある。その辺の考え方は、前回に取り上げた対領空侵犯措置の場合と似ているが、艦船の移動速度は航空機と比べると一桁遅いから、それだけ時間的な厳しさは緩和されるかもしれない。

なお、平時にいきなり軍事力を行使するわけにはいかないので、監視・識別の段階は海軍が担当していても、海洋法執行機関も連携させる必要が生じることが多い。また、不必要に緊張を高めないために海軍を前面に出さない、という判断が求められることもある。

そうなると、別々の組織である海軍と海洋法執行機関を結ぶ通信網と円滑な通信連絡のための手順確立、両者の間での情報共有、といった体制作りが必要になる。これもまた、ITの関わりが不可欠な要素である。

最近では、北朝鮮みたいな国家レベルだけでなく、麻薬密輸組織まで小型潜航艇を用いて隠密行動を仕掛けてくることがあるので、油断がならない。海に面した国であれば、程度の差はあれ対潜戦(ASW : Anti Submarine Warfare)能力を保持していることが多いが、海洋法執行機関にそれと同等の能力を求めるのは酷だ。するとこれまた、海軍と海洋法執行機関の連携という課題が出てくる。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。