本稿が掲載される時、世の中は夏休み。そこで柄にもなく(?)「夏休みスペシャル」はできないだろうか、と考えてみた。ところが、パッと思いついたのは看板だけで、「夏休みにふさわしいテーマ」を出すのに頭を抱えた結果、「推薦図書」はどうだろうと考えた次第。えらく古い本が混ざっているが、そこは御容赦いただきたい。
『スカイ・マスターズ』デイル・ブラウン著
ハードカバーの原著が邦訳で出たのは1993年だから、もう26年も前のこと。しかし、「コンピュータを駆使した情報処理」「データ通信網を活用するネットワーク中心戦」という観点からすると、時代に先駆けすぎた小説だったと言える。
なにしろ、「爆撃機を発進させる前に十分に情報を集めて、それに基づいた状況説明を搭乗員向けに実施してから送り出す」のではなく、「とりあえず爆装した爆撃機を送り出しておいて、必要な情報は離陸後にデータ通信網を介して、最新のものが入ってくる」というのだから、昨今の戦闘空間に通じるものがある。それを1990年代の初頭に小説にしていたのだから、先見の明がありすぎる。
しかも、舞台は南シナ海。中国がフィリピン方面に触手を伸ばして……というシナリオも、昨今の情勢からするとフィクションと笑い飛ばせない部分がある。
著者のデイル・ブラウンは、米空軍で爆撃機搭乗員を務めていた人物。その関係で、著した小説の多くは「空軍の爆撃機が大暴れして、悪い奴らをやっつける」という内容になるのだが、そこはまあ、ご愛敬。
ただ、平均的日本人の感覚からすると、核爆弾を作中でポンポン(?)炸裂させる傾向があるのは、いささか引っかかりを覚える部分がある。ことに、この『スカイ・マスターズ』以降に、その傾向が増したように思える。
あと、「ソフトウェアの開発を甘く見すぎではないか」と突っ込みを入れたくなる台詞が出てくるのだが、書き手が爆撃手であって研究開発・試験・評価の専門家ではないから、そこはスルーしてあげてほしい。要は「コンピュータとセンサーとデータ通信網を活用すると、どんな航空戦ができるか」という観点から見てほしい小説なのである。
なお、同じデイル・ブラウンの2作目『シルヴァー・タワー』は、レーザー兵器を搭載した人工衛星が登場する作品で、個人的にはデイル・ブラウンの最高傑作だったと思っている。「軍事とIT」とはあまり関係ない内容だが、こちらもお薦めしたい。
『米中開戦』トム・クランシー著
これもまた、中国が南シナ海方面に触手を伸ばして……という舞台装置に基づいた小説。こちらはサイバースペースが戦闘空間の1つになっていることから、「軍事とIT」向きと考えて紹介してみることにした。
実際、情報システムや測位システムに対する妨害、標的型攻撃、情報通信技術を駆使したスパイ行為や監視行為、サプライチェーン・リスクの問題、RAT(Remote Access Trojan)の送り込みなど、昨今のIT業界を賑わせているネタを盛大に盛り込んだ内容になっている。
中には、「本当にそうなるのかなあ?」と首をひねりたくなるくだりが、ないわけではない。でも、サイバースペースにおけるあれこれと実際の戦闘行為を、うまいこと結びつけた一作であった、とはいえると思う。あくまで「実際にもありそうな話を盛り込んで、読み手の意識を喚起するエンターテインメント」なのである。
『無人暗殺機 ドローンの誕生』リチャード・ウィッテル著
これは、ゼネラル・アトミックス・エアロノーティカル・システムズ(GA-ASI)社の傑作UAV・MQ-1プレデターが誕生して、実際に活躍して評価されるようになるまでの経過を取り上げたノンフィクション。
エイブ・カレムという1人のイスラエル人が、アメリカに渡って起業して、それまでにはなかった形のUAV(Unmanned Aerial Vehicle)を生み出す過程。それにアメリカの政府機関が目をつけて、実際に使ってみる過程。それが実績を挙げて評価されて、さらなる発展を遂げる過程。
ひとつのゲームチェンジャーが誕生する過程を描いたノンフィクションとして、一読の価値ありだと思う。
『ハンター・キラー』T.マーク・マッカーリー著
こちらは、そのMQ-1プレデターの発展型であるMQ-9リーパーを飛ばしていた米空軍軍人の手になるノンフィクション。
当初はISR(Intelligence, Surveillance and Reconnaissance、情報収集・偵察・監視)用途からスタートしたRQ-1プレデターが、武装化してMQ-1になり、さらに拡大発展したMQ-9リーパーにつながった。そのMQ-9を実際に飛ばしている現場で、何がどんな風に行われていて、現場の人間はどんなことを考えているのか。それを垣間見ることができる一冊。
これを読むと、「無人機が勝手に戦争している」という批判が大間違いであることがわかる。米空軍も、その手の批判を気にしているのか、UAVよりもRPA(Remotely Piloted Aircraft、遠隔操縦航空機)という名称をよく使うようになってきているわけだけれど。
『無人の兵団』ポール・シャーレ著
近年、人工知能 (AI : Artificial Intelligence)の軍事利用に関する是非論が賑わっている。また、「AIがコントロールする無人兵器が勝手に交戦する」といった類の想定を持ち出す論も見られる。そうした議論を始めるなら、まずこれを最初に読んでみてほしい、という一冊。
ちなみに筆者(井上孝司)の口癖として「コンピュータはカンピュータになれない」「コンピュータに勝手に戦争を始めさせてはいけない」といったものがある。そんな考えを持つ人間が、この「無人の兵団」を読んでみたら「そうそう、そうだよね」と首肯させられる部分が多かった。
あと、自律的に行動する無人兵器が実現できるのかという話だけでなく、それを規制することは可能なのか、という問題も出てくるだろうが、そちらについても検討している点が『無人の兵団』の大事なところ。軍備管理の専門家ではない立場からすると、この分野の記述には得るものが多かった。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。