第153回で、IED(Improvised Explosive Device)対策を取り上げた。その時は、無線による遠隔起爆を妨害する装置について説明したが、実際には発見した爆発物を地道に処分している事例も多い。そこで活躍しているのが、マニピュレータ・アームを取り付けた遠隔操作式のロボットである。
MTRSと形態管理の悪夢
この種の製品の需要が急増したのは、2003年3月に勃発したイラク戦争と、その後のこと。イラク国内の武装勢力が、イラク軍の在庫品流出などの手段で手に入れた爆弾、あるいは砲弾に手製の起爆装置を取り付けて、米軍相手の攻撃手段にしたのが発端。
その後、この手口は中東をはじめとする各地の紛争地帯に広まり、アメリカだけでなくNATO諸国も、IED対策(C-IED : Counter IED)の技術開発や装備調達に血道を上げる事態になった。なにしろ、死傷者が発生した原因のトップがIEDだというのだから、放置してはおけない。
IEDは一般的に、前述したように無線遠隔起爆を用いる。だから、JCREW(Joint Counter RCIED Electronic Warfare)のようなIEDジャマーで無線通信を妨害する対抗策ができた。そして、もう1つの対処方法が、人が現物に接近しないでIEDを無力化する、遠隔操作式ロボットの導入だった。
その計画名称が、MTRS(Man Transportable Robotic System)。担当メーカーの双璧となったのが、iRobot社(その後の事業分割により、現在はエンデバー・ロボティックス社)と、フォスター・ミラー社(その後の買収により、現在はキネティック・ノースアメリカ社)である。iRobotとはもちろん、お掃除ロボット「ルンバ」のメーカーである。
MTRSをはじめとする遠隔操作式ロボットは、今ではEOD(Explosive Ordnance Disposal、爆発物処分)の分野ではポピュラーな装備品になり、一般公開イベントの席で見かける場面もある。筆者も、ミラマー米海兵航空基地のエアショーや、オーストラリアのアヴァロン航空ショーで見かけたことがある。
兵士が爆発物の近くまで行かなくても済むので、人命の損耗を減らす効果はあったのだが、別のところで1つ問題が発生した。IED対策が急務だったために、「手に入るものをとにかく買って配備しろ」ということになり、さまざまな製品が入り乱れる結果になってしまったのだ。
さて。どこかで聞いたような話である、と思った方は鋭い。同じようにIED対策として導入された重装甲の装輪車両、MRAP(Mine-Resistant, Ambush-Protected)と同じ類の話である。
MRAPも「手に入るものをとにかく買って配備しろ」ということになり、さまざまなメーカーの製品が入り乱れて、トータルで1万数千両も配備された。可能な限り、発注状況を追ってデータをとっていたのだが、途中で訳がわからなくなってしまい、正確な配備数はよくわからないまま終わってしまった苦い経験がある。
どちらにしても、そんなことになれば兵站支援の苦労が増えるのは間違いない。メーカーが違えば構造が変わり、スペアパーツの互換性はない。同一製品で揃えているのと比較すると、異なる複数機種でそれぞれ個別にスペアパーツをそろえる方ほうが、費用がかかり、管理が面倒になるのは明白だ。
会社で使用しているパーソナルコンピュータが、部署ごと、あるいは個人ごとに違うメーカーの違う製品で、オペレーティング・システムもバラバラだったら、IT管理者の悪夢である。それと同じことだ。
CRS-I計画の登場
そこで米陸軍では、EOD向け遠隔操作ロボットの機種統一・標準化を企図して、新たなプログラムを立ち上げた。それがCRS-I(Common Robotic System (Individual))である。CRS(I)と書くこともあるようだ。計画名称にCommonという単語が含まれていることでおわかりの通り、CRS-I計画では、EOD向け遠隔操作式ロボットの共通化、標準化という旗印を掲げている。
まず、2018年3月末に、iRobot(エンデバー・ロボティックス)とフォスター・ミラー(キネティック・ノースアメリカ)の2社に対してEMD(Engineering and Manufacturing Development)フェーズの契約を、総額4億2,908万ドルで発注した。それぞれ、試験・評価用の供試体を2両、CRS-I本体を7システム、量産仕様を8両、それぞれ製作・納入するという内容だった。
このうちエンデバー・ロボティックスは「スコーピオン」という新型ロボットを開発、2018年の初夏から年末にかけて、何回かお披露目を実施した。重量11kg、バックパックに入れて1名で携行可能。履帯駆動式。管制用のソフトウェアは「uPoint」と「MOCU-4」という名前で、汎用コントローラで管制するとの説明だった。
しかし、CRS-Iの契約を獲ったのはキネティック・ノースアメリカであり、2019年3月末に同社の勝利が決定。7年間・1億6,400万ドルの契約を獲得した。このうち、低率初期生産(LRIP : Low Rate Initial Production)の分が2,000万ドル、期間は1~2年間で、その後にフル量産に移行する計画。
なお、CRS-Iといって区別するからには別のCRSもあるのか、という話になりそうだが、その通り。もっと大型の遠隔操作式ロボット導入計画として、CRS-H(Common Robotic Systems - Heavy)がある。こちらは2018年5月にRfP(提案要求)を発出しており、その後、キネティック・ノースアメリカがフェーズ2分の契約を獲得している。
さらにややこしいことに、米議会の調査部門もCRS(Congressional Research Service)という。おっと、閑話休題。
個人的に心配していること
これで、EOD向け遠隔操作ロボットの標準化が実現すれば万々歳。となれば良いのだが、個人的にはちょっと心配していることがある。
「とにかく使えるものを急いで調達しろ」という状況であれば、あれこれ細かいことはいわず、既製品をそのまま買ってきて配備することになるだろう。しかし、正式な調達プログラム(米国防総省の用語ではPoR : Program of Recordという)として開発・配備するとなると、「あんな機能が欲しい、こんな要求も盛り込め」とさまざまな方面から横槍が入りそうだ。
もしもそんなことになれば、計画が肥大化して仕様を欲張り、開発に時間がかかった挙句にコスト超過、GAO(Government Accountability Office、政府説明責任局)からお叱りを受ける、なんてことにならないだろうかと心配している。もちろん、そんなことにならずに済めば、その方が良いに決まっているのだが。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。