本稿を執筆するために過去記事をあたってみたところ、C-UAS(Counter Unmanned Aircraft System)という言葉は、たったの1回しか出てきていなかった。C-UASの意味は、読んで字のごとく、敵対勢力が使用するUAS(UAV : Unmanned Aerial Vehicleということもある)への対処である。というとわかりにくそうだが、要するに「ドローン対策」だ。
何が問題なのか
ちなみに、UASとUAVの使い分けだが、機体そのものを指す場合は「UAV」、管制システムなど、関連する一切合切をひっくるめた総称が「UAS」、というのが筆者の解釈だ。C-UASの対象は機体そのものという場合もあるし、管制システムと機体を結ぶ無線通信という場合もあるので、どちらでも間違ってはいないような気がする。
それはそれとして。しばらく前にイギリスのロンドンにある空港が、空域に闖入してきたドローンのせいで閉鎖になった事案が発生したのを覚えておられるだろうか。また、飛行場とその周辺が「ドローン禁止ゾーン」に指定されている件を想起していただきたい。
ここでいうドローンとは、世間一般に想起される、小型の電動式マルチコプターを指すといってよい。軍事航空の世界ではドローンというと無人標的機のことなので、意味がまるで違ってくるのだが。
なんにしろ、航空管制当局のコントロール下にない、誰かが勝手に飛ばしている小さな無人飛行物体が飛行場の周囲をウロウロしていたのでは、危なくて仕方がない。機体に衝突すると事故になるのはもちろん、ジェット・エンジンが吸い込んだら何億円もするエンジンがオシャカになり、機体も墜落の危険性がある。だから、イギリスでは空港が閉鎖になった。
小型の電動式マルチコプターでは、搭載能力といってもタカが知れている。それでも、少量ながら爆発物を積んで突っ込ませる使い方は、中東の戦闘地域で実際に発生している。爆発物ではなく化学兵器を搭載した場合も、これまた厄介だ。しかも、小型のUAVなら安価だから、一度に大量に飛ばしても、懐はさほど痛まない。
そんな事情から、「ドローンの群れによる攻撃(swarm attack)が危険だ、危険だ」と連呼されるようになってきている。
それ以外の分野でも、さまざまな種類のUAS/UAVを活用する場面が増えてきている。そもそも、敵軍が偵察に使用しているUAVが自軍の頭上をウロウロしているだけでも厄介だ。こちらの動向が敵対勢力に筒抜けになってしまう。
そういった事情があり、C-UASという言葉がしきりに聞かれるようになってきた。
C-UASの具体的な手法
C-UASについては、2種類のアプローチがある。「無力化」と「破壊」である。
無力化とは、UAVの遠隔管制やデータ送信に使用している無線通信を妨害する手法。遠隔操縦によって飛行している場合、そこで使用する無線通信を妨害してしまえば、少なくともUAVは有効に機能できなくなる、という考え方になる。
ただ、UAVによっては無線通信が使えなくなった場合でも、自律的に飛行する機能を備えている可能性がある。例えば、「無線リンクが切れたら、最初に発進した地点に自動的に戻る」といった具合。小さなUAVでもGPS(Global Positioning System)の受信機は持っているから、それを使う。
となると、無線通信を妨害するだけではダメで、GPSないしはそれに類する衛星測位システムについても、併せて妨害する必要があるかもしれない。ただしそうなると、同じ周波数帯を使っている近隣の無線通信、あるいは測位システムまで巻き添えを食ってしまう難点がある。
もう1つのアプローチが破壊。いうまでもなく、物理的に壊してしまえという方法である。といっても、小型で安価なUAVを叩き落とすのに、いちいち値の張る地対空ミサイルを使うのは不経済。そこで、機関砲を使うとか、レーザーを使うとかいう話になっている。
ただ、機関砲を使うとハズレ弾が付随的被害を引き起こす可能性があるので、レーザーのほうが好ましい。それに、小さなマルチコプターぐらいなら、現時点で利用可能な低出力のレーザー兵器でも十分に役に立つ。
具体的な事例としては、MBDAドイッチュラントが2015年5月に実施したマルチコプター破壊実験がある。相手が小さなマルチコプターだから、弾道ミサイルを撃ち落とすような大出力は必要なく、出力10kWのレーザーを4基を束ねて、総出力40kWとしたものを使用した。射程距離は3km。ただし、試験では全力を出しておらず、出力20kWのレーザー・ビームを500m先にいるマルチコプターに照射して、3.39秒間の照射で破壊した。それが以下の動画である。
上の動画のタイトルは「 Laser Effector successfully deployed VS Mini Drone」だ。エフェクターといっても、楽器と組み合わせて使うあれではない。軍事の世界では、破壊の道具のことをエフェクターと呼ぶことがあるのだ。確かに1つの「効果」ではある。
レーザーのいいところは、電源さえあれば連続使用ができて、弾切れの問題が起こらないこと。なお、UAVを探知・捕捉・追尾する手段としてはレーダーか電子光学センサーを使う。上のMBDAの試射では電子光学センサーを使ったようだ。
UAVの探知が難しい理由
実は、低空を飛行する小型のUAVをレーダーで探知するのは、意外と難しい。なぜか。
対空捜索レーダーの多くは、移動目標を拾い出すためにドップラー効果を利用している。例えば、探知目標の背後に山や建物がある状態でレーダーを使用すると、探知目標からの反射だけでなく、その向こう側にある山や建物からの反射波も受信してしまい、本物の探知目標がどれだか分からなくなる。
しかし探知目標が動いていれば、そこに当たった電波はドップラー効果によって周波数が変化する。一方、動かない背景物に当たった電波はドップラー効果とは無縁だ。だから、受信した電波の周波数変化を調べることで、動く探知目標からの反射波と、動かない背景物からの反射波を選り分けることができるという理屈。
ところが、小型のUAVは飛行速度が遅いから、ドップラー効果に起因する周波数変化(ドップラー・シフト)が少ない。その、わずかなドップラー・シフトを検出しないと、UAVの精確な探知ができない。だからといって閾値を下げて、誤探知の山になっても困る。
そのため、レーダー製品を手掛けるメーカーは近年、小型で低速の探知目標をどれだけ精確に探知できるか、というところを競い合うようになってきている。そして、レーダーが受信した反射波の解析とはすなわち、シグナル解析を担当するソフトウェアの問題だから、これはまさに「軍事とIT」の領分である。
ところで。身も蓋もないことを書けば、小型で低速のUAVは発進地点からそんな遠方まで進出できない。だから、軍の基地施設や飛行場などといった施設の周辺警備を徹底する方が、実は効果的なんじゃないの、という気もする。それはそれで手間と経費がかかる話ではあるけれど。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。