最初に登場して、最も知名度が高いので仕方ない面もあるが、世間一般には「衛星ベースの測位システム = GPS(Global Positioning System)」と思われている節がある。だから、新聞やテレビの報道では、「そのほうがわかりやすい」という考えによるのか、他国の同種システムを指して「○○版GPS」と称する場面が多い。それでいいのかと思うが、その話はひとまずおいておくとして。

GNSSに対する妨害が問題化

実はGPSに加えて、EUのガリレオ、ロシアのGLONASS(Global Orbiting Navigation Satellite System)、日本の準天頂衛星システム(QZSS : Quasi-Zenith Satellite System)といった衛星ベースの測位システムがあり、これらを総称してGNSS(Global Navigation Satellite System)という。

  • みちびき(準天頂軌道衛星) 資料:内閣府

    みちびき(準天頂軌道衛星) 資料:内閣府

GNSSは便利である。受信機1つで緯度と経度、さらには高度がわかることもあるし、しかるべきソフトウェアがあれば移動速度の計算までできる。

本連載で書いているように、

測時の手段にもなるので、PNT(Position, Navigation and Timing)という用語もある。

  • 東北新幹線の「はやぶさ」に乗っている時に、GPSを利用する速度計測アプリを作動させてみたら、制限ギリギリの速度で走っている様子を確認できた。もちろん、現在位置も緯度・経度・高度がわかる

ところが、便利で高精度なものができて、さまざまな人や組織やシステムがそれに依存するようになれば、それは敵対勢力にとって魅力的なターゲットとなり得る。「敵が依存しているものを無力化すれば、自軍が有利になる」のは、軍事作戦のお約束である。

そしてここ十数年ほどの間に、GPSに対する妨害や贋信号といった話が次々に出てきた。古くはイラク戦争あたりまで遡るのだが、最近だと2018年11月に、フィンランドの民間航空当局が、同国北部におけるGPSの機能不全に関するNOTAM(Notice to Airmen)を発出した件がある。これについてフィンランドの国防相は「ロシアの仕業だ」と言明した。

続いてノルウェーからも、「2018年の10月19日から11月8日にかけて、ノルウェー北部でGPSへの妨害があった。発信源はロシアのコラ半島だ」との話が伝えられた。この時期、ノルウェーではNATOが演習「トライデント・ジャンクチュア」を行っており、それに対してロシアが妨害を仕掛けたのではないかという見方も出てきた。

もちろん、名指しされたロシアの側は「私はやっていない、潔白だ」と主張、容疑を否認している。

さらに、2019年4月になって、非営利団体C4ADSが「ロシアがGPSのようなGNSSを対象として、乗っ取り・妨害を仕掛けるための機材開発を進めている」との報告書をリリースしている。

そこで、後述するように対抗手段を開発する動きが出てきているのだが、それとは別に、妨害が発生した状況を想定した訓練もいるだろう、という話になるのは当然の成り行き。

NATOはイギリスのヨービルトンにJEWCS(Joint Electronic Warfare Core Staff)という電子戦担当組織を置いているが、そのJEWCSで「電子戦関連の演習でGNSSが妨害された環境を再現するため、ソフトウェア無線機(SDR : Software Defined Radio)を使用する低コストの妨害装置を導入した」との話が2019年4月に報じられた。

  • GPS衛星の例  写真:USAF

妨害に強いGNSSの開発

GNSSに対する妨害の方法は、大きく分けると2つある。

1つは、妨害電波を発信して、正規のシグナルを正常に受信できないようにしてしまうこと。どちらかといえば力業である。もう1つは、正しいPNTデータを得られなくなるような贋シグナルを送信すること。こちらのほうが手が込んでいる。

しかし、妨害手段が出現すれば、それを無力化するための対抗手段が出現するのは世の習い。妨害に強い新波を開発・実装するという手もあるが、それには衛星から新しくしなければならず、時間も費用もかかる。

そこで、もっと手っ取り早い手段として受信機の改良が図られた。その中でも知られているのが、SAASM(Selective Availability Anti-Spoofing Module)であろう。ちなみに、SA(Selective Availability)とはもともと、暗号化しないで民間向けに無料開放したGPSシグナルを指す言葉である。

SAASMが出現する前は、軍用GPS受信機は高精度の暗号化シグナルを利用するため、PPS-SM(Precise Positioning Service Security Module)という仕掛けを用いていた。SAASMは、その暗号化や認証の機能を強化して、贋シグナルが入り込まないようにする、という考えになっている。また、耐妨害性を改善する施策も取り入れてあるという。

とはいえ、根本的にはGPSそのままである。それだけで大丈夫なのか、という懸念が生じても無理はない。

ということで、話は次回に続く。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。