前回も少し触れたが、

海の上では測位や航法が難しくなる。陸地の近所を航行しているのなら、陸地、あるいは陸地に設けられた灯台といった目印に頼ることができるが、外洋に乗り出せばそんな目印はない。

基本は天測

言い換えれば、外洋に出ても測位・航法を行える技術が出現したからこそ、「大航海時代」が成立したことになる。その始まりが天測であることは論を待たない。今でも、船員や海軍軍人の養成に際しては、天測は必須科目になっている(ことが多い)。

ただし、天測がモノになるには、天文学に関する知識に加えて、天体の位置を精確に測定する手段と、時刻を精確に計る手段が必要になる。前者の代表が六分儀であり、後者の代表がクロノメーターである。

もちろん、天体の位置を測るためには、空に見える星がそれぞれ、どの天体なのかを知っている必要もある。だから洋上航法のためには天文学の発達が必須要件となった。アメリカみたいに、海軍が自ら天文台を運用している事例もある。

  • ワシントンDCの米国海軍天文台 写真:US Navy

    ワシントンDCの米国海軍天文台 写真:US Navy

余談だが、海の上で使用する距離の単位は海里(浬とも書く。英語ではノーティカルマイル nautical mile)で、メートル法に直すと1,852mである。えらく半端な数字だと思われそうだが、1海里は地球の緯度1分に相当する子午線弧長とほぼ等しい数字だといわれれば、納得がいく。

推測航法

天測でも何でもいいが、起点となる位置を割り出すことができれば、そこからどちらの方向にどれだけ航行したかを加味することで、現在位置を推定できる。これがいわゆる推測航法である。

針路の方位はコンパスによって得られる。ただし磁気コンパスの場合、磁方位と真方位の間にズレがあり、しかもそのズレは場所によって違ってくる点に注意が必要である。一方の航行距離は、測程儀(ログ)から得られる速度情報に基づいて算出する。

ただし、海流や風で流されて針路がぶれたり、相対速度と絶対速度のズレが生じたりといった問題があるので、推測航法で得た位置と実際の位置が食い違う場面が出てくるのは避けられない。

無線航法いろいろ

その後、第2次世界大戦の頃から登場したのが、無線を利用する航法支援施設。陸上に設置した無線局から電波を出して、それを受信して方位を割り出すもので、海事分野では双曲線航法を用いる。

双曲線航法とは「2点からの距離の差が一定になる点は双曲線を描く」という原理を利用するもので、2ヶ所の地上無線局から出している電波の到達時間差を調べることで、現在位置を割り出す仕組みになっている。

地上無線局の位置は固定されているから、そこを起点とする双曲線を描き出すことができる。それを2ヶ所の地上無線局について行えば、2本の双曲線が交差する位置が現在位置になる、という理屈。

世界的に使用できなければ役に立たないので、無線航法で利用する電波は周波数が低い。立脚する原理原則は同じだが、使用する電波の周波数の違いにより、以下のように複数の種類がある。

  • LORAN (Long Range Navigation) : 1,750~1,950kHzの電波を使用するロランAと、100kHzの電波を使用するロランCがある。パルス波の到達時間差によって距離を出す
  • デッカ : 70~130kHzの電波を出して、位相差によって距離を出す
  • オメガ : 10.2~13.6kHzの電波を使用する。デッカと同様に位相差によって距離を出す

オメガは周波数が低い超長波(VLF : Very Low Frequency)を使用するので、電波がある程度は海中まで透過する。これは潜水艦にとって有用である。

ロラン、デッカ、オメガといった航法支援施設の基地局は、日本国内にも設けられていた。例えば、長崎県の対馬にはオメガ局が、北海道の美瑛にはデッカ局があり、いずれもでっかいアンテナを立てていたので遠方からでもよく見えた。

このほか、米海軍は独自にNNSS(Navy Navigation Satellite System)という衛星航法システムを配備していた。6基の周回衛星は、時刻信号と軌道位置データを載せた電波を出す。受信側は、ドップラー効果による周波数の変化を利用して衛星と受信機の間の距離を計算して、それと軌道位置の情報を突き合わせて測位する仕組み。ただ、測位に数分ほどかかるので、艦が動いていれば、その間に位置が少しずれてしまう。

今の主流はGPS

そして現在の主流は、手軽に使えて精度が高いGPS(Global Positioning System)である。これで双曲線航法もNNSSも失業した。

天測では、天体の角度を測り間違えたり計算を間違えたりして、とんでもない場所に位置を出してしまう「天文学的な」間違いが起きたそうだが、GPSなら面倒なことはなくて、受信機にいきなり緯度・経度の数字が出てくれる。

ある護衛艦で、双曲線無線航法の受信機とGPSの受信機を、海図台の上に並べて設置してあった。見ると、両者の数字はいくらか食い違っているのだが、たぶん、信頼性が高いとみなされていたのはGPSの数字であったろう。ただ、バックアップとして双曲線無線航法の受信機があるに越したことはないというわけだ。

潜水艦は3次元

明記はしていなかったが、ここまでは海面上を走る艦船の話であった。海面上を走っている限り、動きは2次元だから、測位・航法に際して関わってくるのは緯度・経度の2種類である。

ところが、海中に潜って3次元運動を行う潜水艦になると、話がややこしくなる。第一、海中に潜ってしまえば天測はできないし、(オメガは別として)無線航法支援施設の電波を受けることもできない。GPSは高精度だが、マストを海面上に突き出さなければ電波を受信できない。

そこで、潜航中の潜水艦は慣性航法装置(INS : Inertial Navigation System)に依存している。歴史は意外と長くて、世界初の原子力潜水艦「ノーティラス」が北極海横断航海を行ったときに、初めてINSを搭載した。氷で覆われている北極海を潜航したまま航行しようというのだから、外部からの情報に頼る必要がないINSは不可欠の存在だったのだ。

  • 原子力潜水艦「ノーティラス」 写真:US Navy

INSはX軸・Y軸・Z軸の3方向に加速度計を設けているので、3次元の運動を行っても精確に位置をとれる。加速度を時間で積分する関係で、時間とともに誤差が累積する傾向があるのは致し方ないが、それは浮上するか、潜望鏡やマストを突き出すかして、天測やGPSによって補正することになる。

なお、ここで取り上げたシステムは艦船だけでなく、航空機でも利用事例が多い。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。