前回は、時事ネタということでGPS(Global Positioning System)の週数ロールオーバーについて書いた。そもそも、よくよく考えてみると、とうの昔に書いていそうなものだったのに、まだ書いていなかったのが、この測位・航法というテーマだった。そこで今回からが本題。

測位と航法の違い

なんとなくひとからげに扱ってしまいそうではあるが、実のところ、「測位」と「航法(ナビゲーション)」は別の問題である。

よく「私は誰、ここはどこ?」なんてことをいうが、その「ここはどこ?」を解決する手段が測位である。自分が現在いる場所がわかっていなければ、目的地に向かうのにどうすればいいかがわからない。

その測位のデータと周囲の状況を突き合わせて、どちらに向かえば目的地に到達できるかを判断して、実行する。それが航法と言える。単純に考えれば、現在地と目的地を結ぶ直線(最短経路)を割り出して、それに沿って進めばいいのだが、実際にはそんな簡単にはいかない。

まず陸上の場合、山や川などといった地形や、建物などの構造物が邪魔をする。それに、多くの場合には道がついている場所を進むしかない。現在位置と目的地を最短距離で結ぶ道があるとは限らないから、大回りしなければならない場面もあり得る。

それを地図からサッと読み取ることができる人ばかりとは限らないから、カーナビという便利なものがある。筆者の場合、カーナビは多くの時間を単なる「移動式地図表示器 & 渋滞情報表示器」として過ごしているけれど。

海はどうか。だだっ広い海の上なら好きなように針路を選べる……と考えそうになるが、さにあらず、陸地があれば避けなければならないし、海中に暗礁があれば座礁の原因になるから、これも避けなければならない。場所によっては航路帯が定められている場合もある。結局、航法という課題はついて回るのだ。

空はどうか。陸地や暗礁みたいな物理的な障害物はないが、通っていい場所、いけない場所の区別はある。ニアミスや衝突事故の発生を受けて、軍民で空域を使い分けるようになり、空が窮屈になったとの話も聞く。

海・空の通れる場所・通れない場所

普通、身元を明らかにして、明らかに相手に害をなす行動をしているのでなければ、他国の領海・領空への立ち入りが認められる。興味がある方は、「無害通航権」という言葉を調べてみよう。

空の上でも、フライト・プラン(飛行計画書)を事前に提出して管制当局の承認を得れば、他国の領空に入ることはできる。それをやらずに、身元不明確な状態のままで他国の領空に接近すると、戦闘機がスクランブル発進してくる。

実は、この「身元を明らかにして」とか「フライト・プラン」とか「管制承認」といったところも、情報通信技術が深く関わっている領域である。しかし、PNTの話からは外れるので、今回は割愛させていただく。

それはそれとして。何事にも例外はある。紛争地帯は避けて通りたいし、相手が「我が国の領海・領空への立ち入りは(たとえ無害であっても)まかりならぬ」といえば、それも避けて通らなければならない。天候が悪い場所、火山が噴火しているような場所も避けたい。

そういう要因を考慮に入れながら、問題なく通過できる場所を選びつつ、針路を組み立てていく。それが航法の大事な仕事となる。

測位・航法のための基礎資料

まず、航法のためには、何はなくとも地図が必要である。現在位置を知るための手がかり、たとえば山、川、道路などといったものがあっても、それを照合するべき地図がなければ、現在位置はわからない。

だから測位・航法のための基礎資料として、地図は欠かせないものとなる。そういう事情があるので、地図の製作に軍が関わっている国は少なからずあるし、地図そのものが秘密文書扱いということもある。

詳細な地図が作られて、公開されているかどうか。その地図を外国人が自由に購入できるかどうかは、その国の安全保障情勢を知るための、1つの参考データになる。外国人が地図を入手できないような国は、それだけ軍事的にピリピリしているのではないか、というわけだ。

紙の地図に限らない。Googleやbingの地図や衛星写真を見てみれば、察しはつく。軍事施設の情報がしっかり載っている国と、そうでない国。軍事施設の衛星写真がつぶされていたり、解像度が下げられていたりする国と、地上にいる飛行機の機種が明瞭にわかる写真が載っている国。そういう比較をしてみてはいかがだろうか。

海の上で地図にあたるのは海図である。また、潮の満ち干も艦船の航行に影響するから、潮汐データも重要な資料になる。空の上でも航空図というものがある。

  • 空母カール・ヴィンソンに搭載された航海図を眺める乗組員 Photo:US Navy

また、測位の手段として天体を用いることがあるので、天文学に関するデータも測位・航法のための重要な資料になる。海軍でも商船でも、六分儀を使って星の位置を測り、そのデータに基づいて現在位置を割り出す「天測」は基本中の基本である。

GPSみたいな文明の利器にばかり頼っていてはいけない。こういうと語弊があるかも知れないが、文明の利器にばかり頼っていると方向音痴になる。自分で地図を読んで針路や進路を決める経験を日常的にしている人の方が、方向音痴からは縁遠くなる。

筆者のクルマにもカーナビはついているが、単にカーナビが指示する通りにクルマを走らせているだけでは、道を覚えないし、方向感覚も身につかない。

走った後で地図を見ながら、ナビが指示したルートがどこの道だったかをなぞってみる。あるいは、通った道の形やアップダウン、周囲にあったランドマーク。そういう面から復習をすると、道を覚える。

このほか、方位磁石やジャイロ・コンパスといった「方位を知る手段」も、測位・航法のためのツールである。太陽や月の向きだって方位を知る手段になるし、それとアナログ式の時計を併用すれば、さらに便利だ。

1日は24時間だから、太陽も月も1時間に15度ずつ移動する。そして、アナログ時計の文字盤の目盛は12時間で1周するから、1時間分で30度、その半分が15度である。

と、「軍事とIT」でも何でもない話になってしまったが、測位・航法に関するベースの話を書いたところで、次回から各論に立ち入ってみたい。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。