政府が2013年12月にリリースした「国家安全保障戦略」「防衛計画の大綱」「中期防衛力整備計画」のポイントは、冷戦型の安全保障戦略を見直して、目下の情勢に適合する方向に大きく舵を切った点にある。
それはいうまでもなく、想定脅威が「本土への大規模着上陸」から「南西方面の島嶼に対する侵攻」に移り変わったことを指している。そして具体的な対応のひとつとして、「警戒監視体制の充実」を謳っている。
ということで、今回から「警戒監視」をお題にしてみよう。「探知」「識別」「情報収集」が三本柱になるが、そのいずれをとってもITが関わってくる。
何のために警戒監視が必要なのか
警戒監視の虚を突かれて不意打ちになれば、敵軍に主導権を奪われて、作戦行動を有利に進めるのが難しくなる。また、欺瞞・欺騙・陽動作戦にひっかかる可能性も高くなる。つまりは、状況認識に必要なデータを揃えておくことが重要で、それには平素から警戒監視の体制を作り、運用し続けることが重要である。
つまり、平時における警戒監視は、いわばウサギの耳である。脅威をいち早く察知して、位置、動向、規模をいち早く知ることが、適切な対応行動をとるためには必要不可欠な要素だ。
また、武力侵攻というのは「普通ではない事態」だが、「普通ではない事態」が起きているかどうか、あるいは切迫しているかどうかを知るには、まず「普通の事態」が何かを把握する必要がある。「普通の状態」が分からなければ、「普通でない状態」が分かるはずがない。すると、両者の違いを判断する材料を揃えるために、平素からの警戒監視とデータ収集が重要という話になる。
さらに、敵軍の装備・戦力・戦闘序列・指揮統制などについて知るには、警戒監視活動を通じた情報の収集・分析が不可欠である。こういった情報は、脅威の動向や規模を予測、あるいは見積もるために必須の要素だ。それだけでなく、通信情報(COMINT : Communication Intelligence)や電子情報(ELINT : Electronic Intelligence)の収集も、敵軍の動向を把握したり、敵軍の電子機器を効果的に妨害したりするために重要である。
不幸にも、本番の有事が発生してしまった場合には、平時に収集・蓄積・分析しておいた情報がモノをいうことを忘れてはならない。
警戒監視と本番の関係
では、警戒監視とは具体的に何を監視するのか。
分かりやすい軍事的脅威としては、敵軍が自国の領土・領海・領空に侵攻してくる事態が挙げられる。ということは、その侵攻に用いる手段の動向が問題になる。陸なら歩兵や車両や火砲、海なら艦船、空なら航空機やミサイルだ。そういう物騒な連中が自国の領土・領海・領空に向けて押しかけてくれば、これは武力侵攻の可能性が高いといえる。
ただし、単なる部隊移動や演習という可能性も完全に否定はできず、それを本番と勘違いすれば、勘違い・読み違いによる偶発的な紛争勃発という問題につながる。それを防ぐために、軍同士の信頼醸成措置や演習・部隊移動の事前通告といった枠組みを取り決める事例もある。
ところが、演習と偽って本番を仕掛けてくる可能性も否定はできない。そうなると、こちらから先に手を出すことはしないにしても、監視と警戒は怠らず、本番の戦争を仕掛けてきたら直ちに対応する、という微妙な判断を求められる場面も出てくる。
そうなると、本当に名目通りの演習や部隊移動なのか、それとも本番の戦争に備えた事前準備行動なのかを判断するために、判断材料となるデータを揃えておかなければならない。そのデータを揃える作業がすなわち、情報収集活動である。
具体的に何を監視するか
こういった事情があるので、警戒監視に際しては、以下のような作業が必要になる。
- 仮想敵国の軍が使用する車両・火砲・艦艇・航空機などの動向把握
- 仮想敵国の軍が拠点にしている基地施設の所在や、部隊の組織構成と配置(いわゆる戦闘序列)
- 仮想敵国の軍に関する指揮・統制、装備品の性能や運用法、教義
- 仮想敵国が想定していると考えられる武力行使の内容や、目標設定、作戦計画に関する情報
- 仮想敵国の国内における、戦争準備に類する行動の有無(軍の動員や物資の備蓄など)
いずれをとっても、相手が「できれば秘匿したい」と考えているものばかりだから、黙って待っていれば情報が降ってくるなんていう僥倖は期待できない。断片的なデータを丹念に収集・蓄積・分類・整理した上で、それを評価・分析して、ガセネタを捨てるとともに、真実を見つけ出す努力が必要になる。それを担当するのが情報機関であり、情報機関が必要とするデータを揃えるのが警戒監視活動である。
ややこしいことに、陸・海・空のいずれをとっても、軍の行動と民間の行動が入り乱れている。例えば、空の上では軍用機も飛んでいるし、民航機も飛んでいる。その錯綜する状況の中から、「無害なもの」と「危険そうなもの」と「危険なもの」をより分けなければならない。
そして、平素から「普通の状況」に関するデータを揃えておけば、そこから逸脱する事象が発生したときに「普通ではない状況である」と判断して、警戒態勢を取ったり部隊・装備・物資を配置に就けたりといった対応行動を取れる可能性につながる。つまり、警戒監視という名のウサギの耳が早期警戒機能を発揮するわけだ。
そこでITがどう関わってくるかというと、「データの収集」では各種のセンサーが、「データの整理」では情報処理システムが、「データの分析」ではデータマイニングなどの手法による分析担当者の支援が、それぞれ関わってくるだろう。この他にもいろいろありそうだが、例を挙げ始めるとキリがないので、とりあえずは割愛する。
もちろん、警戒監視や情報収集に従事する第一線の部隊と、後方でデータの分析・評価や意志決定・指揮に従事する司令部を結ぶ、情報共有・指揮統制・通信といった分野のインフラ構築・運用でも、ITは必要不可欠な存在である。
執筆者紹介
井上孝司
IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。