過去3回に渡って、「指揮管制」「指揮統制」というテーマで、さまざまなレベルで使用する指揮管制システムや指揮統制システム、そこで扱う情報や求められる機能、といった話について取り上げてきた。

ただ、個別の話に立ち入ったせいもあり、やや話が散らかり気味だった傾向は否めない。そこで今回は、3回に渡って述べてきた話の「〆」として、指揮管制システムや指揮統制システムの根幹と要素技術について、かいつまんでまとめてみようと思う。

根幹となるのは状況認識

国家指揮権限者(NCA : National Command Authority)や軍のトップが扱う国家戦略レベルに始まり、その下の戦域(theater)、作戦(operation)といったレベル、さらには現場の小部隊レベルで行う指揮統制、そして、そこで使用する武器の管制、いずれをとっても、根幹となるのは状況認識(SA : Situation Awareness)である。

戦争、あるいは軍事作戦を遂行するにあたり、指揮統制や指揮管制に使用する各種の道具が何のために存在しているかといえば、こういう話である。

  • 作戦地域の地理・地勢・地形・気象状況などを知る
  • 指揮下にある味方の所在、陣容、状況(損耗度や補給の状況など)を知る
  • 敵対勢力の所在と陣容、可能ならば状況も知る

実現する手段が変わり、より効率的になったという相違点はあるが、「紙の地図にトレーシング・ペーパーを載せて手書き」でも、「透明ボードにグリース・ペンシルで手書き」でも、あるいは「大画面のコンピュータ・グラフィック」でも、はたまたノートPCの画面でも、本質的に求められる機能は変わっていない。

こういった情報を収集するために、人間が報告を上げてきたり、各種のセンサーを駆使したりする。ただし、それらの情報をバラバラに扱うのでは状況認識の妨げにしかならないので、データを融合して単一の「画」(picture)を作成する方が望ましい、という話は以前に書いた。

情報の融合では座標系が重要

しかし、融合するといってもどうやって? それには、位置情報という基準が必要である。そして、その基準となるのが地理空間情報(GEOINT : Geospatial Intelligence)であり、そこで鍵となるのが、「座標系」である。

状況認識を実現するためには、さまざまなソースから上がってくる、さまざまな種類の情報が要る。ところが、そういった情報の中には相対的な位置関係で報告してくるものもあれば、絶対的な位置情報を報告してくるものもある。それらのデータを単一の「画」に融合するには、どうすればよいか。

例えば、艦の見張員による報告であれば、「右舷○度方向に△△を発見」といった形で報告がなされるだろう。レーダーも同様だが、こちらは距離や(機種によっては)高度まで把握できる。自艦の位置はGPS(Global Positioning System)を初めとする各種の航法システムによって把握できるが、見張やレーダーの報告は相対的な方位によってなされるのが相違点だ。

すると、報告が上がってきた目標の絶対方位を知るには、まず自身の位置と針路を知り、その情報を加味しなければならない。例えば艦の針路が053(度)、報告してきた目標の相対方位が右舷43度方向なら、目標の絶対方位は「53度+43度=96度」ということになる。自身の位置と、探知目標までの方位・距離が分かれば、探知目標の絶対位置も幾何学的に計算できる。

自艦の見張やセンサーならこれだけで済むが、同じ任務部隊を編成する他の艦から上がってきた報告を加味・融合するには、報告元となる艦の絶対位置と、自艦の絶対位置のズレを考慮に入れなければならないので、さらに話が複雑になる。

例えば、2隻の艦がいて、探知した目標の絶対方位が同じ90度方向であったとする。しかし、僚艦が自艦の位置より東に10海里離れていれば、僚艦から上がってきた目標探知情報を自艦基準で眺めた場合、探知目標までの距離は10海里増える。それぞれの艦で探知目標の角度が食い違っていれば、さらに計算はややこしくなる。

つまり、状況認識のために敵を探知して、その情報を融合しようとするだけでも、探知元の位置や報告の内容に応じて計算処理をやらないと、融合も状況認識も成り立たない。しかも、移動しながら探知している場合には、処理に時間がかかるとデータが"セコハン"になってしまうから、迅速性も求められる。

また、融合の際の基準となるのは緯度・経度からなる座標系だから、座標系の処理を間違えるとトンでもないことになる。なにも指揮管制システムに限らず、スマートフォン用の地図アプリも同じこと。座標系の扱いを間違えるとどういうことになるかは、先刻、ご存知の通りだ。

しかも、ネットワーク化して探知報告を共有しようとすれば、同じ目標を、異なる位置にいる複数のセンサーが探知することになるから、探知報告を融合する場面では「重複排除」が必要になる。第二次世界大戦初期の「英本土航空決戦」で、イギリスが各地のレーダー基地からのデータを集約して大地図上に表示する「フィルター室」を設けたのも、状況認識と重複回避の必要性を承知していたためだ。

その際、探知目標の絶対位置が同じなら重複目標とみなしてひとまとめにすればよい……といいたいところだが、センサーの分解能によっては複数の目標がひとつに見えることもあるだろうし、同じ絶対位置でも洋上の目標と空中の目標を一緒にしてしまったら大問題だ。だから、それほど単純な話でもない。

もうひとつの鍵はC&C

ネットワーク化の話が出たが、そこでモノをいうのは通信である。以前にも書いたかと思うが、軍事作戦の根幹が指揮・統制である以上、そのための手段となる通信は極めて重要である。伝令や伝書鳩に始まり、有線電話、無線電話、そしてデータ通信網へと発達してきたのは民間の通信と似ている。それは、遠達性・迅速性・確実性の追求という歴史でもある。

通信が届かないのは問題外だが、届いていてもデータ通信のエラー、あるいは音声通信の感明度不良といった問題があれば、指令を確実に下達できないし、正しい報告は上がってこない。伝達に時間がかかりすぎれば、情報は古くなり、指令は間に合わなくなる。さらに、敵に傍受されても意味が分からないようにするためには、暗号化や周波数の秘匿も必要である。それだからこそ通信保全は極めて重要であり、武器の性能データよりも秘匿度が高いといってよいぐらいだ。

もちろん、実際に情報の管理や融合を担当するコンピュータと、そこで使用するソフトウェアも重要である。脅威評価や武器割当、意志決定支援といった機能を用意するのであれば、これまたソフトウェアの仕事である。つまり、どこかのメーカーのキャッチフレーズではないが、C&C(Computer and Communication)が重要なのだ。

武器の個別スペックの良し悪しを議論する前に、まず状況認識と指揮管制のシステムやインフラが、どれだけしっかりしているかが大事なのである。どんなに優秀な武器があっても、それを指向すべき敵がどこに、どれぐらいいるのかが分からなければ使いようがない。敵がいない明後日の方向に「最強戦闘機」や「最強戦車」を派遣してもリソースの無駄である。

その無駄を防ぐために必要なのが指揮管制システムであり、それによって実現する状況認識の機能なのだ。そして、優れた状況認識の機能を実現するには、ITが必要不可欠……というよりも、ITが状況認識の死命を握っているという方が正しいだろう。

指揮管制分野における課題

ところで、指揮管制システムの整備・活用に際して留意すべき点、課題となる点が存在するので、最後にその話を。

例えば、マイクロマネージメントの問題がある。ネットワーク化によって最前線の状況が上級司令部、ときには国家指揮権限者までリアルタイムで「実況」されるようになれば、今度はそれを見た上層部が、現場にいきなり口出しをする可能性が懸念される。

ベトナム戦争について「史上初めて、アメリカ本土からコントロールした戦争」なんてことがいわれたし、オサマ・ビン・ラディンの隠れ家をSEALチームが襲撃した際にも、作戦の模様は大統領以下の国家首脳に対して実況中継していた。ただ見ているだけなら良いが、そこで上層部が頭ごなしに要らぬ口出しをすれば、現場は迷惑するだけである。

それと関連する話でもあるが、組織階梯やポジションに応じて指揮管制・指揮統制システムに求められる機能、あるいは対象範囲は異なる。だから、組織階梯やポジションに合わせた機能や対象範囲、あるいは扱う情報の線引きをどのようにするかという課題も生じる。極端な話、最前線の歩兵小隊で個人ごとに残弾がどれだけあるか、なんてデータを大統領や首相のレベルまで上げる必要はない。

この種の話は、ある程度は「常識の範囲」「過去の経験」で対処できるにしても、実際に運用して、実戦を経験してみないと分からない部分も残るだろう。それをどのようにして乗り越えて、「使える」システムに育てていくかという課題は不可避であろう。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。