第277回で、地図上で位置を知らせる手段としての座標系の話、それとMGRS(Military Grid Reference System)の話を取り上げた。そこで「緯度・経度による座標の指定が必要になることもある」という話まで進んでいた。今回はその続きである。
CASとJTAC
航空作戦の1つに、近接航空支援(CAS : Close Air Support)がある。最前線で敵軍と交戦している味方の地上軍に対して、空から支援を提供するという任務様態である。
例えば、「地上の友軍に対して優勢な敵軍が襲いかかってきているのでなんとかしてくれ」とか、「地上の友軍が敵の砲撃で身動きとれない状態になっているので、敵の砲兵をつぶしてくれ」とかいった場面が考えられる。
すると、上空に「攻撃を担当する友軍機」を飛ばすだけでなく、その友軍機に目標を指示する人間を地上に置く必要が生じる。なぜかというと、高速で飛んでいる飛行機の操縦席から、しかも敵の対空砲火や地対空ミサイルを避けながら飛んでいる状態で、正しい目標を識別するのは難しいからだ。
その、地上に置く指示担当者のことを、昔はFAC(Forward Air Controller)といっていたが、近年の欧米諸国ではJTAC(Joint Terminal Attack Controller)と呼ぶようになった。
そのFACにしろJTACにしろ、上空の戦闘機に目標を指示する手段は、ながらく無線機だった。口頭で、何か地上の目印を参照する形で「赤い尖塔の右手○○メートルにいる敵の砲兵隊をつぶしてくれ」といった具合。
また、目標の確認や指示を担当する航空機を別に飛ばすこともあり、これもFACという。航空機で指示する場合、目標を指示するためにマーカー代わりの発煙ロケット弾を撃ち込む。もちろん、それの狙いが外れたらお話にならない。
目視で照準するなら、地上のモノや発煙ロケット弾のマーキングを目印にする方法でも用が足りるが、GPS誘導兵装だと話が違う。緯度や経度を入力しなければならないからだ。
すると、口頭で聞いた情報に基づいて目標を目視・確認して、それをターゲティング・ポッド内蔵のレーザー測遠機で照射して距離を測り、緯度・経度を出す。そのデータを兵装に入力して投下する。という仕儀になる。これでは迂遠である。
PCASとMHSとJoint Fires
そこで、米国防高等研究計画局(DARPA : Defense Advanced Research Projects Agency)が開発させたのが、PCAS(Persistent Close Air Support)。担当メーカーはレイセオン社だ。
地上側のFACやJTACには、「PCAS-Ground」という端末機材を持たせて、これが地形情報や任務計画の機能を担当する。一方、上空の戦闘機には「PCAS-Air」という機材を搭載して、最適な経路や兵装投下点の指示を担当させる。
この両者を無線データ通信で結ぶことで、上空の戦闘機の位置を地上に知らせたり、地上で指示した目標の座標を上空の戦闘機に送ったりするのが、PCASの基本機能。こうすれば伝達は迅速かつ精確になるし、GPS誘導兵装を使いやすくなる。
「PCAS-Ground」はGPS(Global Positioning System)の受信機を内蔵しているから、FACやJTACの現在位置をアップロードできる理屈。実は、その「PCAS-Groundの正体はAndroidタブレットだそうだ。今時のスマートフォンやタブレットならGPS受信機は標準装備だから、手間はかからない。
似たような使い方をする機材として、米海兵隊の「THS2(Target Handoff System V2)」がある。この場合のハンドオフとは、火力支援を担当する砲兵隊に目標データを渡すという意味。このTHS2で使っているのが、サムソン製のタブレット「Galaxy Tab S2」だという。
また、ロックウェル・コリンズ社は「Joint Fires」という製品を手掛けている。これも同様に、地上のJTACがAndroidスマートフォンを使って航空機と連携するための製品である。こちらはカナダ陸軍が導入を決めている。
同士撃ちの回避
同士撃ち、英語では「blue on blue」というが、これは昔から避けたいのになかなか避けられない問題である。CASの現場では特に、彼我の地上軍が近接しているところで空から攻撃を仕掛けるから、誤認あるいは狙いが外れて味方を撃ってしまうことがある。
そこで、せめて誤認は避けられないかということで、米軍がSADL(Situational Awareness Data Link)というものを手掛けたことがある。地上にいる友軍の位置情報を無線データ通信で上空の戦闘機に送り、コックピットの多機能ディスプレイに地上の友軍の位置を表示するというもの。
ただ、これを実現するには空地間の無線データ通信だけでなく、地上の友軍の位置をリアルタイムで知る手段が必要になる。すると、個々の車両のみならず個人レベルで、GPS受信機を装備するとともに、その位置情報を連続的に送り出す仕掛けが必要になる。
こうなると、ただでさえ歩兵の荷物が多くなって大変だというのに、それをさらに増やすことになる。しかも、GPS受信機や無線機を作動させるにはバッテリーが必要、そのバッテリーを使い果たしたら一大事だから予備のバッテリーが必要、ということになって、ますます荷物が増える。
また、GPSによる測位は露天なら使えるが、建物、洞窟、あるいは地下トンネルの中に入ったら使えない。
そんなこんなの事情があるのか、この種の装備はなかなか広まってくれない。結局のところ、「味方の位置を精確に知ってもらう」ことよりも「敵の位置を精確に指示する = そこには味方はいない」というロジックで同士撃ちを防ぐほうが、現実的ということのようである。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。