第265回でも少し触れたが、軍用品はモノが完成してロールアウトしたらそれで終わり、ではない。その後の試験・評価に、べらぼうな時間と手間と費用がかかっている。費用は仕方ないとしても、時間と手間はどうにかしたい。
飛行機の試験を例にとると
例えば、飛行機の試験。軍用機の場合、「飛行機としての試験」と「武器としての試験」があるので、民間機と比べると手間が増える。無論、両者が相互に関わる試験もある。艦艇や車両も同じで、「ヴィークル」の部分の試験と「武器」の部分の試験がある。
ここでは、航空機を例にとって話を進めてみよう。
「飛行機としての試験」をかいつまんで説明すると、仕様通りの性能が出ていて、かつ安全・確実に飛べるかどうかを確認する作業と言える。これをF-35では「フライト・サイエンス試験」といっていた。速力、上昇性能、操縦性、旋回性能など、飛ぶ際に関わるすべての項目が試験の対象になる。
F-35Bは短距離離陸・垂直着陸を行うから、これも試験の対象になる。そのため、短距離離陸に必要なスキージャンプ施設をわざわざ、パタクセントリバー基地に仮設して、試験や訓練に使っている。
このほか、飛行機に関わる試験というと環境試験もある。高温、低温、氷結、高標高と薄い空気などといった環境の変化に対し、問題なく機能できるかどうかを確認するための試験である。専用の建屋の中に機体を入れて温度を上げたり下げたりするが、それだけでは足りないので、実際に暑い場所や寒い場所や標高が高い場所に機体を持ち込む。
一方、「武器としての試験」をかいつまんで説明すると、搭載するセンサー類が正しく機能するかどうか、爆弾の投下やミサイルの発射を正常に行えるかどうか、投下や発射の後でそれがちゃんと命中するか、といったことを確認する作業である。F-35では、兵装の投下・発射と命中精度に関する検証試験をWDA(Weapon Delivery Accuracy)試験といっていた。
「飛行機としての試験」と「武器としての試験」が一緒くたになることもある。たとえば、胴体や主翼の下面にミサイルや爆弾や燃料タンクをぶら下げて飛ぶと、空力形態が変化する。
もちろん抵抗は増えるが、それだけではない。気流や重量配分が変化した結果として振動が発生して、最悪の場合には機体を空中分解させるような事態(いわゆるフラッター)に発展するかもしれない。振動だけでなく、構造負荷が過大になる可能性も考えられるから、これも検証項目である。
そこで、実際に兵装などを搭載した状態で飛んでみて、問題がないことを確認する。搭載する兵装の位置や組み合わせが複数あれば、それをすべて試す。しかも、ケースごとに、速度や高度や姿勢をいろいろ変えながらだ。
そのため、テストケースは非常に多い。テストパイロットはテストケースごとに、設定された条件通りに精確に飛ぶことが求められる。
裏を返せば、外部搭載兵装の種類や搭載パターンを減らすことで、飛行試験の手間を減らせるということでもある。未須本有生氏の小説『リヴィジョンA』に、まさにそういう内容の記述が出てくる。
データはリアルタイムで収集する
飛行試験の際は、飛行諸元や構造負荷など、必要なデータを飛びながら収集する。そのため、飛行試験用機にはさまざまなセンサーが取り付けられている。昔なら、データを記録しておいて着陸後に取り出していたところだが、今ならテレメトリーという便利なものがあるので、飛んでいる機体からリアルタイムでデータが送られてくる。
こうなるとテストパイロットはさらし者だ。例えば、フラッター試験を実施するのに、対気速度500ノット・高度25,000フィートという条件を設定したとする。機体が条件通りに飛んでいるかどうかは地上で常にモニターしているから、そこから外れるとたちまち、無線で「今のは0.5ノット不足しています」なんてことをいってくる。
「国際航空宇宙展」のような航空関連の展示会に行くと、ついつい完成機に関する展示か、もうちょっとマニアックな人だと搭載機器や素材メーカーの展示に目が行ってしまう。
しかしそれだけではなく、こうした飛行試験用の計測機器に関する出展も行われていることがある。ちょうど2018年の11月に東京ビッグサイトで国際航空宇宙展の開催が予定されているから、探してみてほしい。必ず出展があるとは保証できないけれど。
試験用の機材に関する話題いろいろ
そういえば、エアバスA350-1000の試験機が2018年2月に羽田空港に飛来した時に、機内には計測や試験を担当するエンジニアのため、コンピュータとディスプレイが置かれた一角があった。飛びながらいろいろと試験を行ったりデータをとったりして、それをその場で確認するためのものであろう。
件のA350-1000を見てみたところ、機内の各所に計測用のセンサーと思われる機器が取り付けられているところが、いかにも試験用の機体だった。面白いのはその計測機器で、データ収集・解析用のコンピュータにデータを送るのに、ケーブルをつなぐ代わりに無線LANでデータを飛ばしているように見受けられたこと。
計測機器は試験項目に応じて付けたり外したり位置を変えたりするだろうから、その度にケーブルの配線をやり直すのでは手間がかかる。それに、機内の床にケーブルが這い回れば、うっかりひっかけてしまう危険性もある。
無線LANでデータを飛ばせば、そういう問題点を解決できる。昔なら実現できなかった話だが、今なら機内Wi-Fiなんてものがあるぐらいだから、無線LANの利用に問題はない。
似たような話は他国にもあり、オーストラリア空軍は2018年の8月下旬に、無線でデータを飛ばす航空機用計測システム・NIFTI(Non-Intrusive Flight Test Instrumentation)を領収した。無線でデータを飛ばすことで、機体に計測装置を取り付けたり、取り外したりする際の手間を軽減して、ダウンタイムを短縮できるとしている。
無線で思い出したが、飛行機に関連する試験の中には「電磁波干渉試験」もある。ある電子機器が発する電磁波が別の電子機器の動作に悪影響を及ぼすことがないか、外部からの電磁波が機内の電子機器の動作に悪影響を及ぼすことがないか、といったことを確認するための試験だ。
筆者が2018年6月にエアショー見物のために訪れた米海軍のパタクセントリバー基地には、その電磁波干渉試験を行うための施設がある。そんな機微に触れるところのある施設は、無論、一般公開の対象にならないが(見せても誰も喜ばない、筆者のような人は別として)。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。