武器とは「戦の道具」である。したがって、「戦の現場」でどう使われるか、どういう環境に直面するか、ということを的確に想定しなければ、使い物になる武器はできない。
「脅威を模擬する」とは?
しかし、開発・試験・評価(RDT&E : Research, Development, Test and Evaluation)の段階にある未完成品を実戦の現場に持ち込むことは、よほど切羽詰まった状況でもない限り、やらない。そこで、試験・評価の現場で「戦の現場」を再現する必要がある。
そこで必要となるのが「脅威」である。例えば、レーダーの試験・評価を行うのであれば、そのレーダーが敵軍によって妨害される場面は当然ながら想定される。いわゆるECM(Electronic Countermeasures)、あるいはEA(Electronic Attack)である。レーダー単体だけでなく、レーダーを内蔵するミサイルも同じである。
すると、レーダーをテストする際は、実際に妨害して、それに対してレーダーのECCM(Electronic Counter Countermeasures)、あるいはEP(Electronic Protection)の機能が意図したとおりに動作するか、妨害に対して的確に対処できるかを確認する必要がある。
といってもまさか、仮想敵国が使用している妨害装置を持ってきてテストするわけにもいかない。第一、欲しくても入手できない。だから、代わりとして試験用の妨害電波発信装置を用意する必要がある。
もちろん、自軍が使用している妨害電波発信装置を使ってもテストはできるが、それだけで十分かといえば、そうとはいえまい。
場合によっては、仮想敵国が使用している妨害電波発信装置の性能や能力を知るために、わざとちょっかいを出して妨害電波を出させる、なんて荒っぽい(?)手を試してみたくなるかもしれない。それができればECCM性能のテストは一歩前進だが、いささかリスキーではある。
模擬脅威の具体例
とりあえずレーダーを例にとって書いたが、他の装備でも事情は同じである。できるだけリアルな脅威を用意して、リアルな環境下でテストしていじめ抜かなければ、いざというときに役立つウェポン・システムにならない。
イージス武器システム(AWS : Aegis Weapon System)みたいな対空戦指揮管制システムであれば、実際に標的機を飛ばして撃ってみる必要がある。
その標的機が漫然と水平直線飛行をしていたのでは脅威にならないから、回避機動を取ったり針路を急に変えたり、あるいは妨害電波を出したりしながら飛んでくれなければ試験にならない。そして、試験のために設定した条件通りに標的が飛んでくれないと、試験にならないから、標的機には精確な制御が求められる。
最近だと超音速で飛翔する対艦ミサイルが増えてきているから、それを模擬できる標的機も必要である。海上自衛隊でも、アメリカ製のGQM-163コヨーテという超音速標的機を使っている。
これは弾道ミサイル迎撃システムも同じで、迎撃用のミサイルを開発するだけでなく、本物の弾道ミサイルを模擬できる標的ミサイルを用意しなければならない。
ミサイル接近警報装置はどうか。飛来するミサイルの排気炎から発生する赤外線や紫外線を探知する方式が主流だから、実際に赤外線や紫外線を出してテストしてみなければならない。
こうした模擬脅威の中には、形がある「モノ」の場合と、形がない「電磁波など」の場合があるが、前者でも誘導・飛翔制御の部分でコンピュータや無線指令が関わってくるから、「軍事とIT」にまったく縁がない話というわけでもない。
電磁波を出す模擬脅威であれば、電磁波を生成する仕掛けと、それを制御する仕掛けが必要になる。試験のために設定した条件をきちんと再現する必要があるから、コンピュータを使った精確なコントロールが必要である。標的機の飛行制御も同じである。
対ショック防御
軍用品というと、一般には「頑丈」というイメージがあると思う。それは間違っていなくて、非舗装路を揺れながら走る車両、灼熱の砂漠、高温多湿のジャングル、寒冷地など、過酷な運用環境を想定した設計が求められるので、必然的に頑丈に作らなければならない。
航空機でも、揺れたり衝撃が加わったりすることはあるから、家庭やオフィスで使うものと同じというわけにはいかない。揺れるということなら艦艇だって同じである。
ところが軍艦の場合、さらに「耐衝撃」という課題が加わる。なぜなら、魚雷の命中、あるいは機雷の起爆(触雷)といった原因で水中爆発に晒される可能性があるからだ。だから国によっては、完成した新型艦の1番艦(2番艦以降になることもある)を使い、実際に艦の近くの水中で炸薬を爆発させる「耐衝撃試験」を実施することがある。
下の写真は、米海軍の沿岸戦闘艦(LCS : Littoral Combat Ship)「ジャクソン」(LCS-6)を使って実施した、耐衝撃試験の模様を撮影したもの。この試験を米海軍ではFSST(Full Ship Shock Trials)と呼んでおり、10,000ポンド(4,540kg)の炸薬を爆発させる試験を3回実施する。
もちろん、船体や上部構造が衝撃に負けて浸水したり壊れたりするようでは困る。それだけでなく、艦内に設置する各種の電子機器、あるいは艦の内外に設置する各種のセンサー機材も同様に、衝撃に耐えられる設計にしなければならない。デリケートな電子機器にとって、これはかなりハードルが高い話である。
コンピュータの回路基板やストレージ・デバイスが衝撃で壊れる可能性は想像しやすいが、それ以外にもいろいろある。例えば、フェーズド・アレイ・レーダーは多数の送受信モジュールを並べた平面で構成しているから、その平面が歪んでしまえば精確な探知ができなくなる。
こんな要求もあるので、軍用の電子機器を作るのは簡単な仕事ではない。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。