本連載で最初のテーマとしてミサイル防衛を取り上げた際に、ミサイル防衛に関わるさまざまなセンサーや武器を管制するC2BMC(Command, Control, Battle Management and Communications)に言及した。まさに、ミサイル防衛という任務に特化した指揮管制システムである。
それ以外にも、さまざまな分野で指揮管制システムが関わってくるので、いくつか、具体例を挙げてみよう。分野が変われば求められる機能が違うし、関わってくる機材にも違いが生じる。
指揮管制とデータ融合
さまざまな種類の交戦を支援するための指揮管制システムに求められる基本的な機能は、「情報の収集・融合・提示による状況認識(SA : Situation Awareness)の実現」と、「意志決定の支援」である。
例えば、敵情を探知する手段は、以前であれば人間の目視が基本だった。指揮官が直接目視する場合もあれば、部下が目視した結果を報告してくる場合もある。ともあれ、さまざまなところから入ってくる目視報告に基づいて状況を判断する作業は、指揮官の頭脳の中で行われることになる。
それで状況の判断が常に問題なく行えればよいが、ときには短時間の間に大量の報告が上がってきて、処理しきれなくなることもあり得る。状況の判断が的確でなければ、それに基づく意志決定も的確にならない。その問題を解決するために支援するのが、指揮管制装置である。
つまり、さまざまなセンサーから入ってきた情報をバラバラに見せるのではなく、座標情報に基づいて重ね合わせることで、単一の「画」(picture)を生成・提示する。そうすれば、ひとつのディスプレイを見るだけで状況を認識できるし、それが的確な判断や意志決定につながる効果も期待できる。
少々の語弊があることを承知で書くと、アニメや映画で出てきそうな「地球防衛軍の司令室」と同様の光景を具現化しようというわけである。
さらに、過去の経験に基づいて、人間が行う判断や意志決定の内容をアルゴリズムとしてソフトウェアに作り込むことができれば、意志決定支援の機能まで実現できる。センサーから上がってきたデータを分析したり、篩にかけたりといった機能を実現できれば、これも状況認識や意志決定に寄与するだろう。
航空戦の指揮管制
例として、航空戦の指揮管制について取り上げる。
航空戦には、敵の航空攻撃を阻止する「防勢航空戦」(Defenseve Counter Air)と、こちらから航空攻撃を仕掛ける「攻勢航空戦」(Offensive Counter Air)がある。前者ではレーダーサイトなどのインフラを利用できるが、後者の場合には敵地に攻めかかるわけだから、固定設置のインフラによる支援は望めない。そのため、早期警戒機みたいな資産が必要になる。
航空戦でもっとも重要なのは、「何が、どれだけ、どちらから」襲来するかを、できるだけ早期に察知して脅威判定を行うことである。それが分からなければ、対処のしようがない。戦闘機の性能の優劣がどうとか、搭載兵装の数がどうとかいうのは、その後の話である。まず、味方の戦闘機や適切な場所に適切な数だけ差し向けるのが先決だ。
これは、攻勢防空戦の場合でも防勢航空戦の場合でも同じだ。ただし攻勢航空戦の場合、敵機がいない場所から裏をかいて侵入できるのであれば、その方が望ましい。そのためにもやはり、敵の戦闘機や防空システムの所在を事前に知りたい。
パトリオットみたいな地対空ミサイルは、継続的に留まって任務を果たすことができるので、戦闘機とは相互補完の関係にある。重要拠点で固定的に防空にあたる形もあれば、陸上の野戦部隊に随伴して防空の「傘」をさしかける形もある。どちらでも、脅威に関する情報をできるだけ早期に得る方が適切な対処につながりやすいのは、戦闘機による迎撃と同じである。
ともあれ、敵機の所在や動向を知る際の基本となるセンサーはレーダーである。視覚や聴覚による探知は不正確だし、能力に限界があるからだ。そして、レーダーが重要なセンサーだからこそ、レーダーによる探知を避けようとして低空侵入したり、ステルス機を開発したりする。
レーダーは、地上に固定設置するレーダーサイトだけでなく、車載して移動展開可能にした移動式レーダー、あるいは早期警戒機のレーダーといったものがある。複数のレーダーが関わるのが普通なので、探知報告もバラバラに入ってくるが、そのままでは混乱の元だ。
そこで、レーダーによる探知情報だけでなく、敵味方識別装置(IFF : Identification Friend or Foe)による識別情報なども収集・融合して「画」を生成・提示するわけだ。また、データを融合して目標ファイルを作って管理したり、針路・速度の情報に基づいて脅威度を判定したりといった機能が必要になる。可能であれば、飛来する敵機の機種まで知りたい。
そして、友軍の戦闘機や地対空ミサイルなどといった資産の展開・配備状況などといったデータも必要だ。機体の数や所在だけでなく、稼働状況、兵装や燃料の状況、パイロットの状況といったステータス情報も欲しい。それが分からなければ、何をどれだけ差し向けられるかの判断ができないからだ。
さらに、データリンク機能を利用できるのであれば、敵情に関するデータを友軍機に送信して、リアルタイムの状況認識を可能にできる。
航空自衛隊のJADGE(Japan Aerospace Defense Ground Environment)システムを初めとする各種の航空戦指揮管制システムは、こういった機能を実現している。機能の内容やレベルは、開発時期や国情に応じてさまざまだろうが。
対潜戦の指揮管制
対潜戦では使用するセンサーが異なるが、指揮管制装置が重要な役割を占めているのは同じだ。
海中ではレーダーが使えないので音波を利用する探知機、つまりソナーを使うが、これには自ら音波を発する探信ソナー(アクティブ・ソナー)と、聴知専用の受聴ソナー(パッシブ・ソナー)がある。探信ソナーは目標の位置標定をしやすいが、こちらの存在を暴露してしまう。
受聴ソナーなら存在を暴露しないが、敵潜が発する音を聴知しても、方位しか分からない。しかし、聴知した音を分析して手持ちのデータと比較照合することで、艦の種類や個艦の特定が可能になる場合もある。つまり、対潜戦指揮管制装置では、「各種センサーからの情報収集」に加えて、「データの分析」という機能も加わるわけだ。
また、海中での音波の伝搬は温度、塩分濃度、水深などの要素によって変動する。だから、これらの情報を加味して、音波の伝搬状況(水測状況)を予察することも、的確な探知のために必要だ。そこでも指揮管制装置の出番となる。
そして、ソナーによる探知データと水測状況のデータに基づいて、目標の探知・追跡・識別といった作業を支援するとともに、最終的に敵潜を発見して撃沈するまでのプロセスを支援することになる。
細かいことを書き始めるとキリがないのでこれぐらいにしておくが、指揮管制装置に求められる機能の一例ということで見ていただければと思う。
執筆者紹介
井上孝司
IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。