本連載の第22回で、戦地で発電機を動かすために必要となる燃料の話に絡んで「燃料補給の負担軽減」という話に言及した。その燃料に限らず、弾薬、スペアパーツ、糧食、その他諸々の物品を滞りなく、かつ充分に送り届けることができなければ、第一線の戦闘部隊は任務を果たせなくなってしまう。

これがいわゆる兵站業務(logistics)の問題なのだが、そこでも当然ながら、ITが関わってくる。陸戦に限らず、海や空でも兵站業務が重要なのは同じだが、話の流れで、ここで取り上げておくことにしよう。

ロジスティクスと物流は同じではない

日本ではどういうわけか、logisticeを「物流」と訳してしまい、それが広く用いられている。また、軍事における兵站業務についても、兵站というと「山を動かす」、つまり物資を前線まで輸送・交付する話にばかりこだわってしまう向きが見受けられる。しかし実際には、単に「山を動かす」だけの話ではない。よく考えて欲しい。「山を動かす」ためには、まず「山」を用意しなければならないのだ。

実は、米軍における兵站の定義は「戦闘任務を支える一切合切」なので、物資の調達・輸送はいうに及ばず、装備品の整備・点検・補修、怪我人や病人に対する医療活動、果ては教育・訓練までカバーする。ただ、そこまで話を広げると収拾がつかないので、今回は物資の調達・輸送に的を絞ろう。

もちろん、調達に際しては無駄がない方がいいに決まっているが、敵に襲われて喪失する可能性、あるいは予定通りに輸送できない可能性もあるから、民間の調達・輸送業務と比べると、なにがしかの「余裕」が必要になる。しかし一方で、経費の無駄遣いはできるだけ避けたいから、無駄を減らす工夫も必要だ。

つまり「念のために余分に発注する」とか「届くのを待ちくたびれて再発注をかけて、結果的に二重発注になった」とかいう事態はできるだけ減らしたい。そのためには、「必要なものを必要なだけ請求する」「物資の請求が確実に後方の兵站支援拠点に届き、かつ、それを受けて送り出した物資がいつ頃届くのかを把握できる仕組み」といった体制・運用が必要になる。

そして、メーカーに発注して納入してきたものを戦地に送り届けるにはどうするか。ネット通販ではないのだから、メーカーが戦地まで宅配業者で届けるわけにはいかないし、それでは物資の流れがグチャグチャになる。だから、まずは本国の兵站担当部門がメーカーから物資の納入を受けて、倉庫に保管する。

そして、現場から物資の請求を受けたら、倉庫から払い出しを行い、現場に輸送する。例えば、アメリカ本土からアフガニスタン派遣部隊に物資を送るのであれば、急ぎのモノなら輸送機の定期便でカブールかバグラムの飛行場まで空輸するだろうし、それほど急がなければ、経済的な船便や鉄道を使うだろう。船便ならパキスタンのカラチあたりに陸揚げして、そこから現地までトラック輸送だ。鉄道ならNDN(Northern Distribution Network)を使い、東欧からロシアを経由して、北回りの陸路となる。

ITの活用による物資輸送の可視化

どの方法やルートであれ、物資を輸送する過程で、どの貨物がどこまで運ばれているか、どの便に載っているかを把握しておかなければ、物資の流れを可視化できない。そこで登場するのがRFID(Radio Frequency Identifier)だが、単に貨物にRFIDを付ければ済むわけではない。RFIDを付けたら、それを要所要所で読み出して、データを収集しなければ、貨物の流れを可視化できない。

だから、港湾でも鉄道駅でもトラック輸送の拠点でも、貨物をどこから搬入して、どこに保管して、どこから積み出すかというフローを定義して、その過程で必ずRFIDの読み取り装置を通過するようにしなければならない。また、運行する船便・航空便・鉄道便と、それぞれの便に積み込む貨物の情報を紐付ける必要もある。

RFIDを貨物に付けるだけでなく、貨物の輸送・揚搭手順の標準化、読み取り装置、通信網といったインフラが必須(出典 : DoD)

しかも、船でも飛行機でも鉄道でも、貨物を搭載するための空きスペースがあるかどうかを管理する仕組みも必要だ。「鉄道とIT」の第45回で取り上げた指定席券の販売、あるいは第12回で取り上げた貨物輸送の管理システムと同じ話である。

また、特に軍の貨物輸送では、端末輸送をトラックに頼るのが普通で、しかも端末輸送になるほど敵に襲われる危険性が高くなる。だから、そのトラックの動静を知る手段も欲しい。

そこで登場するのが、コムテック・モバイル・データコム社製のMTS(Movement Tracking System)だ。これは、位置情報を衛星経由で送信したり、文字メッセージをやりとりしたりする機材である。簡易型のMTS Liteもあり、こちらは赤・黄・白と3色の押しボタンが付いているだけだ。敵の攻撃を受けたら赤、車輌が地雷や仕掛け爆弾で破壊されら黄、道路状況などの関係で遅延したら白のボタンを押す。それで、位置とステータス情報を無線で送るというわけだ。ボタンの色分けで済ませているから、英語が分からなくても最低限の情報は伝わる。

そして最終的には、本国から戦地に至るまで、利用可能な輸送手段、輸送する貨物の情報を把握するRFID読み取り装置、輸送手段の動向といった情報を、一括して管理する情報通信網が必要だという結論になる。

RFIDで輸送を可視化するためのインフラ

実は、RFIDの読み取り装置を輸送ルート上に設置するだけで済む話ではない。輸送拠点を結ぶネットワーク(通信網)と、データを収集・蓄積するサーバ、そのサーバの情報にアクセスするためのアプリケーションソフトが必要になる。特に陸戦の場合、端末にあたる第一線部隊は時々刻々、移動している可能性が高いから、有線通信では追いつけない。無線通信、おそらくは衛星通信が必要になるだろう。

さらに、RFIDを付けるということは、品目、発送元、送付先など、さまざまな情報を記録するための番号体系やフォーマットを策定しておかなければならないということだ。いつ、新しい品目や場所が加わるか分からないから、あまり柔軟性のない番号体系では困る。また、番号を一瞥しただけでおおまかな分類が分かる方が好ましい。

しかも、同盟国同士で物品を融通し合うこともあるから、同盟国同士で番号体系やフォーマットを統一して、相互運用性を持たせておく必要もある。アプリケーションソフトまで揃えてしまえば完璧だ。

そのほか、MTSみたいな機材を用意するのであれば、地図上に車両か、せめて輸送隊の位置をマッピング表示して、リアルタイムで表示する仕組みも欲しいところだ。

こうして、またIT担当者の仕事が増えるのである。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。