前回に車両用電源の話を取り上げたが、陸戦で電源を必要とするのは車両だけではない。ということで、まずは車両用以外の「陸戦向け電源」の話を。

施設の電源

大きな部隊を指揮する場面では、指揮官だけでなく、それを補佐する幕僚も相応の人数を必要とする。

昔は、指揮所というと大きなテーブルがあり、そこに紙の地図を敷いていた。ただし、地図に直接書き込むのではなく、その上にトレーシング・ペーパーを重ねて、そこにグリース・ペンシルで書き込む。一方、指令や情報のやりとりについては指揮所に設置した無線機を使用する。

しかし、今はコンピュータ機器の利用が当たり前になっている。データ通信で情報が上がってきたり、コンピュータの画面に戦況図を表示したりする。

そのコンピュータはスタンドアロンで動かすわけではなく、データ通信網に接続する。ということは、通信機器に加えてネットワーク機器も必要になる。個人携帯用のノートPCやタブレットやスマートフォンが加われば、無線LANの設備も必要になる。

というわけで、指揮所をひとつ設営するだけでも、「電気製品」の数が昔とは比べものにならないぐらい増えている。持ち込む機器や、ネットワークなどのケーブルだけでなく、機器を動作させるための電源の所要も飛躍的に増えている。そうなると、小さなポータブル発電機ぐらいでは用が足りない可能性が出てくる。

指揮所だけでもそうなのだから、もっと大規模な基地施設を設営した場合にどうなるかはいわずもがな。居住施設があれば空調や照明が必要になるし、軍事作戦を支える情報システムはコンピュータ機器とネットワーク機器がなければ動かない。

そういうわけで、可搬式のディーゼル発電機を持ち込む場面が日常的になってきた。すると、その発電機を稼働させるための燃料が必要になる。かくして、戦地に搬入、あるいは補給しなければならない物資の量は雪だるま式に増えていく。

  • アフガニスタンの、バグラム基地の一角に出現した「発電所」。コンテナに収容した発電機をたくさん並べている Photo:US Army

個人携帯用の電源

では、個人というか、歩兵のレベルではどうか。

かつては、歩兵が持ち歩く電気製品はないに等しかった。しかし、ライフルに夜間用暗視照準器を取り付ければ、それを作動させる電源が必要になる。暗視ゴーグル(NVG : Night Vision Goggle)を装着すれば、それを作動させる電源が必要になる。

指揮官だけでなく全員に無線機を持たせた場合も同様だ。そして、「歩兵の情報化を進める」といって、スマートフォンだのタブレットだのを持たせるようになれば、持ち歩かなければならない電気製品はさらに増える。電源ケーブルを引っ張って歩くわけには行かないから、みんな充電池を使用する。

筆者が取材や旅行に出る時は、ノートPC、デジタルカメラ、タブレットやスマートフォン、携帯電話といった具合に、それぞれ専用のバッテリを使用する電気製品をいろいろ持ち歩いているが、今時の歩兵も似たようなもの。

となると、持ち歩く電気製品に合わせて、さまざまな種類の予備充電池を持ち歩くことになってしまい、ただでさえ多い荷物がさらに増える。それが肉体的負担を増やして、疲労や負傷の原因になる問題が指摘されている。

そこで、個別に予備充電池を持ち歩く代わりに、大きな充電池を持たせて、そこから個別に充電するようにしたらどうか、なんていう話が出たことがある。例えば、薄型の充電池をバックパックに組み込んで背負って歩けば、多少は楽になるのではないか、とのアイデアがある。要するに特大のモバイルバッテリだ。

また、充電池の代わりに燃料電池を使用したらどうか、との話が出たこともある。ただ、燃料電池といえども無補給では済まず、なにかしらの補給を必要とすることに変わりはない。

そこで今度は「太陽光充電器はどうだ」という話になるのだが、使用する充電池ごとに専用の太陽光充電器を用意するのでは、まことに面倒な話である。それなら発動発電機を持ち込んで、そこから既存の充電器で充電する方がマシだ。

陸戦ならではの悩み

空軍の場合、「飛行場」というインフラがあるところで任務に就くし、飛行機自体は自前の発電機を持っている。艦艇も同様に、港というインフラと自前の発電機がある。

ところが陸戦、とりわけ歩兵の場合、既存のインフラから離れたところで任務に就かなければならない。つまり、既存のインフラから電力の供給を受けられない。そして、生身の人間が、必要とするものをすべて自力で持ち歩かなければならないという物理的な制約がついて回る。

だから、電源の問題がいちばんクリティカルなのは歩兵、と言えるかもしれない。もちろん、各種の電気製品を開発するメーカーはSWaP(Size, Weight and Power)の縮小を図ろうと工夫しているが、それとて限界はある。

ところが実は、その陸戦と同じような悩みを抱えている分野がもう1つある。水中である。

原子力潜水艦は、事実上無限の動力源を持っているので、それを使って発電機を回すことができる。ところが、ディーゼル・エンジンと蓄電池を組み合わせる通常動力潜水艦は、浮上している間に蓄電池に充電しておいた電力がすべてである。

近年では、海上自衛隊も含めてAIP(Air-Independent Propulsion、大気非依存型動力源)を備える通常動力潜水艦が出てきた。といっても、酸素がいらないわけではなくて、燃料と一緒に事前に艦内に持ち込んでいて、それを使って低出力ながら電源を得られるというのがAIPである。

AIPの出力では、全速航走なんてできない。低速航行しながら敵艦を待ち伏せている場面で、蓄電池の電力を使わずに済ませるのがAIPの目的である。

それでも、自前で再充電の手段を持っている潜水艦はまだマシ。無人潜水艇(UUV : Unmanned Underwater Vehicle)は、発進前に蓄電池に充電しておいた電力だけで乗り切って、回収まで持ちこたえなければならない。航走中に蓄電池の電力を使い果たしたら「もはやこれまで」である。