今回のお題は、既存民生品の活用の中でもプラットフォームを取り上げる。「軍事とIT」からはいささか脱線するのだが、同じCOTS(Commercial Off-The-Shelf:既存民生品)活用ということで、御容赦いただきたく。
プラットフォームの活用とは
プラットフォームといっても、鉄道の駅で列車に乗り降りする際に通る場所のことではなくて、車両、飛行機、艦艇といった「ヴィークル」を指すのが通例である。
もちろん、ちゃんと軍用品として設計したものがなければ始まらない、という場面は多々ある。戦車や戦闘機はどう見ても専用設計でなければ成り立たないし、艦艇だって商船とは設計のフィロソフィが違う。しかし、プラットフォームそのものよりも、そこに搭載する機材で仕事をする用途であれば、話は違ってくる。いい例が早期警戒機だ。
米空軍のE-3セントリーにしろ、航空自衛隊のE-767にしろ、シンガポールのG550 CAEWにしろ、早期警戒機は既存の旅客機やビジネス機にレーダーを載せて仕立てる場合が大半を占める。例外はE-2ホークアイの一族だが、あれはもともと空母に載せることが前提の機体だから話が違う。
E-767の場合、背中にロートドームを背負っていることと、窓がみんなつぶされていること以外の外形的変化は少ないが、中身は別物。レーダー、コンピュータ、通信機器、管制員用のコンソールといった具合に電子機器がたくさん詰まっていて、そこに電力を供給するために発電機を増強している。
早期警戒機が仕事をするために必要とするのは、レーダーやコンピュータや通信機器だ。だから、プラットフォームはそれらを搭載できるだけの物理的なキャパシティと、十分な飛行性能を備えていればよい。例えば、運用可能な高度が低いと、レーダーでカバーできる範囲が狭くなるので困る。旅客機ならもともと成層圏まで上がる設計だから、問題はない。
そして、既存の機体を流用できれば機体を設計・開発・試験する手間を減らす効果を期待できるし、機体・エンジン部分のスペアパーツを既存の民間機と共用できる利点は大きい。
ヘリコプターも、民間機と同じ、あるいは同系列のものにする事例が多い。機体から専用設計にするのは攻撃ヘリコプターぐらいのものだが、実はこれもエンジンと駆動系を既存の機体から流用した事例がある。陸上自衛隊でも使っているAH-1コブラが典型例。
車両の場合
飛行機と比べると目立たないが、車両でも民生品の活用事例は意外とある。しばしば引き合いに出されるのはテクニカル、つまり武装組織やテロ組織がピックアップ・トラックの荷台に機関銃などを積み込んで武装化する事例だが、それだけではない。
よくあるのは、四輪駆動車の足回りを利用して、装甲車体を架装するケース。アラブ首長国連邦(UAE)のドバイに拠点を置くストレイト・グループ(Streit Group)が、トヨタ「ランドクルーザー」やフォード「F450」のシャシーを使って、準軍事部隊向けの装甲車をこしらえた事例がある。
また、ヨルダンで作られた四輪駆動のパトロール用装甲車「Al Thalab」もある。これは、同地のキング・アブドゥラⅡ世・設計開発局(KADDB : King Abudallah II Design and Development Bureau)がイギリスのジャンケル・グループと組んで手掛けた車両だ。トヨタ「ランドクルーザー79」のシャシーに、排気量4,164ccの6気筒エンジンと5速手動変速機を組み合わせて、そこに装甲車体を架装した。
ランドクルーザーのシャシーを使った理由は「作戦地域における補修のしやすさやスペアパーツの入手性を考慮したため、民生品として広く使われているランクルにした」だそうだ。
「四輪駆動車が使えるのなら、オフロードバイクは?」という発想も出てきそうだが、これはちょっと難がある。なぜなら、バイクの燃料は一般的にガソリンである。しかし軍用車輌はディーゼル・エンジンが普通だから、燃料は軽油だ。そこにガソリンを必要とするバイクが割り込むと、補給物資の管理や輸送が面倒になる。みんな同じ燃料で済むほうがいいのだ。
マルチコプターの利用が増えてきた
そして最近の流行だと、俗にドローンと呼ばれる電動式マルチコプター。飛行性能や搭載能力は大したことないが、少量の爆薬を積んで突っ込ませるとか、もともとカメラを積んでいる点を生かして偵察に使うとかいった用法がある。
確かイラク国内の話だったと思うが、政府軍と、いわゆるイスラム国(ISIL : Islamic State of Iraq and the Levant)の双方が市販マルチコプターを活用して、"航空戦" を仕掛け合った事例がある。
搭載量が少ないから、爆薬程度なら大した被害にはならないかもしれないが、だからといって無視もできない。そして、同じ分量でも生物化学兵器を使われたら厄介なことになる。
そこで最近、正規軍向けにC-UAS(Counter Unmanned Aircraft System)あるいはC-UAV(Counter Unmanned Aerial Vehicle)、要するに「ドローン対策」の開発事例が増えている。よくあるのは、レーダーや光学センサーを使って飛来を探知して、電波妨害をかけて無力化するもの。さらに一歩踏み込んで、レーザーで物理的に破壊するものもある。
民生品の活用が新たな脅威につながり、矛と盾の故事通りに対抗手段の開発につながった一例だ。
海の上では?
では、海ではどうか。第2次世界大戦では、商船を武装化した「仮装巡洋艦」「武装商船」とかいったものがかなり使われたが、ウェポン・システムの高度化・複雑化が進んだ現代では、同じような手で戦闘艦を造るのはあまり現実的ではない(と、強引に「軍事とIT」っぽい話に持って行ってみる)。
ただ、輸送艦として民間の高速フェリーをチャーターしたり、民間の高速フェリーをベースとする高速輸送艦を造らせたりした事例はある。実のところ、当節の高速フェリーは下手な軍艦より足が速い。
アメリカ海軍が沖縄の第III海兵遠征軍の輸送手段として、オースタル社の双胴フェリー「ウェストパック・エクスプレス」をチャーターしているほか、我が国でも行き場を失った高速フェリー「ナッチャンWorld」が自衛隊の輸送用になった。
また、アメリカ海軍はEPF(Expeditionary Fast Transport)という名称で、オースタル社の高速双胴フェリーをベースとする輸送艦を建造している。整備された岸壁がなければ使えないが、人員・車両の迅速な輸送が可能だ。
プラットフォームの話ではないので地味だが、商船と同じ民生品の航海用レーダーを、軍艦が搭載している事例はたくさんある。もちろん、軍用品の対水上レーダーも装備しているが、それを日常的に使用していると、仮想敵国に電波情報を盗られる可能性がある。民生品の航海用レーダーなら、電波情報を盗られても痛くも痒くもない。