ミサイルの射撃管制と題して、第84回で「対空ミサイル」、第85回で「対地・対艦ミサイル」の話を書いた。これらの回では「射撃管制」といっても、実質的には目標捕捉手段の話であった。
しかしよくよく考えると、目標を捕捉するだけでは不十分である。捕捉した目標に向けてミサイルをどう導いていくか、という話が抜けていた。白状すると、これは拙著『戦うコンピュータ2011』を読んだ知人から指摘された話だ。それを受けて、新版の『戦うコンピュータ(V)3』では関連する記述を足したのであった。
シーカーと誘導制御
一般的には、ミサイルには目標を捕捉するための探知手段、いわゆるシーカー(seeker)がついている。赤外線誘導のミサイルなら、赤外線を探知するデバイスが必要になる。レーダー誘導のミサイルなら、電波を送受信するためのデバイスが必要になる。他の誘導方式でも同様。
そのシーカーが作動することで、目指す目標がどちらにいるのかがわかる。それがたまたまミサイルの真正面(前後方向の軸線上)に存在し続けていれば、そのまま真っ直ぐ進むと命中する。
しかし、そんな幸運に恵まれることは、まずない。探知した目標が真正面から外れていたらどうするか。最初は真正面にいても、それぞれの運動によってだんだん外れてきたらどうするか。目標が回避機動をとった場合もしかり。
クルマを運転する時は、まわりにいる人やクルマやモノに衝突しないように回避するための操縦を行う。ミサイルは逆に、目指す目標にぶつけなければならない。そこで誘導制御という話が出てくる。
つまり、「シーカーで目標を捕捉」→「捕捉した目標に向かう線と、ミサイル自身の前後軸線の違いを把握」→「その違いをなくすように操縦する」という操作を繰り返すことで、ミサイルは目標に命中する。
クルマを走らせながら他のクルマにぶつけようとする、あるいは建物などにぶつけようとする場合の操作も、おそらくは同じであろう。やったことがないので推測にならざるを得ないが(ぶつけられた経験はあるが)。
単純追跡経路
「あいつは女の尻ばかり追いかけ回しやがって !」という言い回しがあるが、ミサイルも、目標の尻を追いかけ回す飛び方がある。いわゆる単純追跡経路(pure pursuit course)である。
目標が真正面から向かってきているのでなければ、上下左右のいずれかに向けた移動が発生しているはずである。それに合わせて、こちらも目標が真正面に来るように針路を変える。それを時々刻々、衝突するまで継続する。これが単純追跡経路である。
実際にこの経路をとると、ミサイルはずっと目標の尻を追いかけ続ける形になるので、単純追跡経路のことを「犬追い曲線」ともいう。
コンピュータ制御ではないミサイルの場合、単純追跡経路を使用すれば、制御はシンプルである。前述したように、ミサイル自身の軸線と目標に向かう線のズレ(誤差)を解消するように制御すれば済むからだ。
ということは、シーカー部分は誤差の量に比例する電圧を出すようにして、誘導制御部分はその誤差電圧を打ち消す方向に操縦する仕組みにすればいい。その代わり、単純追跡経路を使用すると飛翔経路が大回りになってしまう問題がある。つまり、射程距離が短くなる。
比例航法
そこで考え出されたのが、比例航法(proportional navigation)だ。要するに先回りである。
しかし、先回りするといっても簡単ではない。目標がずっと同じ針路・同じ速度で移動し続けているのであれば未来位置の予測は容易だが、戦場に、そんなお人好しの相手はいない。針路も速度もコロコロ変えて、回避機動をとるものだと思わなければならない。
そこで比例航法である。シーカーで目標を捉えて追い続けるのだが、どちらの方向にどれぐらいの角度変化率で動いているかを調べる。例えば、目標が正面から右・真横に向かって進んでいるのであれば、こちらも右・真横に向けて舵を切るのだが、問題は、その舵をどれぐらい切るか。
角度変化率が大きいということは、目標がミサイルの前後軸線からどんどん外れようとしているということだ。その場合、捉えた目標が向かっている側に向けて、こちらも急速に針路を変換する必要がある。
逆に、角度変化率が小さいということは、目標がミサイルの前後軸線から外れるペースが遅いということだ。その場合、捉えた目標が向かっている側に向けて、こちらもゆっくり針路を変換する必要がある。
つまり、目標の角度変化率に比例する形で、こちらの針路についても角度変化率を加減する。だから比例航法という。これをずっと続けていると、結果として先回りができる。
比例航法の場合、ミサイルと目標と最終的な命中位置で構成する三角形が、だんだん小さくなっていく。目標が針路一定・速度一定なら、相似形を保ったまま三角形が小さくなっていくだろう。
コンピュータ化によるメリット
単純追跡経路にしろ比例航法にしろ、昔なら制御をメカニカルに、あるいはアナログ電気回路で作り込む必要があった。保守や調整は面倒になるし、細かい制御も効きにくい。当然ながら、妨害や贋目標への対処も難しい。
しかし現在は、ここのところにコンピュータ制御を介在させている。つまり、シーカーから得られた目標の向き、あるいはそれの角度変化率などといったデータをコンピュータに取り込んだ上で、制御ロジックをソフトウェアとして記述する。それに基づいて、目標の動きを評価したり、操縦指令を出したりする。
その過程で、「贋目標だから無視する」とか「妨害を受けたので誘導制御の方法を変える」とかいったコントロールもできる。レーダー誘導ミサイルでは、妨害電波を受けると自動的にモードを切り替えて、妨害電波の発信源に向けてホーミングするものがある。
そういう事情があるので、「ソフトウェアとアルゴリズム」の話として「ミサイルの誘導制御ロジック」が出てくるわけだ。
第2次世界大戦中のドイツの魚雷
誘導ロジックの話とは違うが、ドイツが第2次世界大戦中に開発した魚雷の中には、単純に直線で駛走するだけで終わらないものがあった。
それが、FaTとLuT。動作に違いがあるが、共通するのは「発射後にそのまま直進するのではなく、指定した針路に向けて変針する」ところと、「一定の距離を駛走しても命中しなかったときに、自動的に反復、あるいはジグザグ航走をする」ところ。
つまり、敵艦船の予想未来位置に到達しても命中しなかった時に、そのまま走り去るのではなく、一定の範囲をカバーするように行ったり来たりすることで命中の確率を上げようというものだった。
なにせ第2次世界大戦中の話だから、これを機械仕掛けで実現する必要があった。今の魚雷ならコンピュータ制御だから、もっと細かな設定ができる。
当節のホーミング魚雷は目標を捕捉するためにアクティブ/パッシブ兼用のソナーが付いている。それが特定の範囲を捜索する際の航走パターンを、「スネーク」「円形」から選択できるとか、捜索開始深度を指定できるとかいった仕掛けがある。これもまた、誘導制御ロジックの問題ではある。
執筆者紹介
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。