前回、哨戒機が潜水艦を探知するために使用する使い捨てのソナー内蔵型浮標、いわゆるソノブイの概要について説明した。前回に書いたように、ソノブイは洋上に一定のパターンをなすように投下・展開するのだが、簡単そうに見えて、実はいろいろ複雑な仕組みがある。
ソノブイの通信チャンネル
前回、ソノブイ・オペレーションの概要に触れた際、さりげなく「2番ブイが~」と書いた。実は、ソノブイを投下する際、事前にプログラムしておかなければならない情報がある。
複数のソノブイが同じ周波数の無線で探知報告を上げてきたら、混信して訳がわからなくなる。だから、ソノブイごとに周波数(チャンネル)を変えなければならない。それは投下の際に1つずつ設定する必要がある。
そして、何番ブイに何チャンネルを割り当てた、という情報をキチンと掌握しておく必要がある。それをやらないと、ソノブイ・バリアを展開する意味がなくなるし、チャンネルの重複が発生したら仕事にならない。
また、ブイ・パターンを計画するといっても、無制限に大量のソノブイをばらまけるわけではない。
対潜哨戒機には、ソノブイが無線で送ってくるデータを受信するための受信機(ソノブイ・レシーバー)を搭載する。個々のソノブイにそれぞれ異なるチャンネルを割り当てて混信を防ぐ必要があるから、同時に投下・稼動させられるソノブイの数は、ソノブイ・レシーバーが対応できるチャンネルの数に制約される。
P-3Cのソノブイ・レシーバーを例にとると、初期モデルで31チャンネル、後期モデルで99チャンネルある。ということは、初期型のP-3Cは最大31個のソノブイしか同時展開できなかったことになる。
もちろん、ソノブイ・レシーバーに設定できるチャンネルが増えれば、それに合わせてソノブイの側でも、設定可能なチャンネルを増やさなければならない。両者は一心同体である。
ソノブイの設定深度と稼働時間
ソノブイ本体は海面にプカプカ浮いているものだが、そこから海中に降ろすソナーは話が違う。だから、深度の指令も必要になる。AN/SSQ-53Fという指向性ソノブイがあるが、これだと90フィート、200フィート、400フィート、1,000フィートの選択が可能になっている(1フィート = 0.3048メートル)。
また、稼働時間も指定できる場合がある。同じAN/SSQ-53Fを例にとると、2時間、4時間、8時間のいずれか。意外と長持ちするものである。長持ちする方がいい、と単純に考えてしまいそうになるが、そうでもない。
例えば、移動する艦隊や船団のまわりにバリアを展開する場合、艦隊や船団が移動しているものだ。すると、艦隊が去った後に残されたソノブイは用済みになってしまうから、やたらと長持ちしてもかえって具合が悪い。
なぜなら、稼働している限り電波を出し続けるからソノブイ・レシーバーのチャンネルを塞いでしまうし、浮いているソノブイが敵さんに拾われる可能性も懸念される。だから、バッテリが切れたソノブイは自動的に沈んで、敵手に落ちないようになっている。
その代わり、同じ海域で長丁場の捜索を行う場合は話が逆になる。バッテリが切れたソノブイが自動的に沈むとブイ・パターンに「穴」を開けることになるからだ。その場合、哨戒機はバッテリ切れで沈んだソノブイの場所に行って、速やかに代わりのソノブイを投下しなければならない。
ともあれ、無線のチャンネル、深度、使用時間といった具合に、いろいろと設定しなければならない情報があるので、ソノブイ・シューターには電気接点を設けて、ソノブイと管制システムの間で通信ができるようにしてある。
マルチスタティック捜索とソノブイ
ステルスというと、レーダー探知を避ける「対レーダー・ステルス」を真っ先に想起する人が多いと思う。しかし、「送信→反射波の受信」で探知を成立させるところは、レーダーもアクティブ・ソナーも同じだ。したがって、対ソナー・ステルスという考え方も成立する理屈である。
その手法の1つに、反射波を逸らす工夫がある。詳しい話は次回に取り上げる予定だが、反射波が発信源のところに戻っていかなければ探知は成立しない、という考え方である。
そして「矛と盾」の故事通り、「ステルス技術あればカウンター・ステルス技術あり」となるのは当然の成り行き。音波の反射を逸らす工夫に対しては、バイスタティック探知やマルチスタティック探知といった対抗手段が登場した。
普通、探信ソナーは送信と受信を同じ場所で行う(レーダーと同じである)。それを、送信と受信を別々の場所でやる。送信と受信が1ヶ所ずつならバイスタティック探知、1カ所から送信して、それに対する受信を複数の場所で同時にやるとマルチスタティック探知になる。
そこで、ソノブイが役に立たないだろうか。水上艦やヘリコプターに設置するソナーでは展開できる数が限られるが、ソノブイならたくさんばらまける。
例えば、潜水艦がいそうな場所を囲むようにソノブイ・バリアを展開しておいて、そのバリアで囲んだ範囲の中心にアクティブ型のソノブイを投下して探信させる。相手の潜水艦が反射波を逸らす工夫をしていた場合、探信したソノブイのところではなく、別のソノブイのところに反射波が行くだろう。
そこで、「探信したタイミングと場所」「反射波を受信したソノブイの番号、当該ソノブイの場所、当該ソノブイに反射波が入ってきた方向」の情報があれば、どこにいる物体で反射したのかを割り出せるのではないかと期待できそうだ。
反射波を受信したソノブイが異なる場所で複数あれば、反射波の方向も受信タイミングも違う。そこで、水中の音波伝搬速度がわかっていれば、音波を反射した潜水艦の位置を幾何学的に計算できそうでもある。
ただし問題になるのは、反射波を受信した「場所」の割り出し。水上艦なら人が乗っていて常に艦位を出しているから問題ないが、無人のソノブイだとどうするか。そこで、近年になって出てきている。GPS(Global Positioning System)受信機内蔵のソノブイはどうだろうか、という話になる。
つまり、音波(この場合は反射波)の受信に関する情報だけでなく、そのときのソノブイの緯度・経度の情報も一緒に送信すれば、「いつ、どこで探知したか」が分かる。ソノブイが流されて移動していても、リアルタイムで位置情報をとれれば問題はない。
GPSを内蔵していれば絶対座標で位置がわかるから、前回に取り上げたソノブイ参照システム(SRS : Sonobuoy Reference System)の必要性も減りそうだ。しかし、内蔵するメカが増えればソノブイの値段がますます上がる。なかなかうまくいかないものである。