電纜(「でんらん」と読む)とは、一般的にはなじみの薄い言葉だが、要するに「電線」「ケーブル」のことだ。特に海軍分野で頻出する単語のように見受けられるが、これは筆者の勘違いかもしれない。
なぜ電纜の敷設が必要なのか
「電纜敷設艦」と呼ばれる種類の艦を保有する海軍がいくつかあり、我が海上自衛隊もその1つ。今は「むろと」(ARC-483)というフネがある。要するに、海底にケーブルを敷設したり、敷設したケーブルを保守したりするためのフネだ。
実は、民間にも同じようなフネがある。昔から、電報あるいは電話のネットワークを構築するために、海底に同軸ケーブルを敷設するニーズがあったからだ。今なら、国際的なインターネット接続回線を整備するために不可欠な、海底光ファイバー網を構築するニーズがある。どちらにしても、海底ケーブルの敷設や保守を担当するフネ、つまり敷設船は不可欠の存在だ。
敷設の対象になるケーブルは、リール(またはドラム)に巻いた状態で船上に搭載して、それを船尾から繰り出しつつ移動する。すると、繰り出したケーブルが海底に伸びていく。
もちろん、敷設する場所は事前に計画を立てておいて、その通りに精確に敷設する。「敷設したのはいいが、場所はどこだかわかりません」では、後でメンテナンスが必要になった時に困ってしまう。
では、海軍が電纜敷設艦を保有・運用する理由は何か。海底に通信ケーブルを敷設するニーズも考えられないわけではないが、むしろ大きいのはSOSUS(Sound Surveillance System)のような海底ソナー網の構築ではないかと考えられる。
第201回で解説したように、SOSUSはパッシブ・ソナーを構成するハイドロフォン・アレイと、それが捕捉した音響データを陸上に送信するための通信線で構成する。乱暴な言い方をすればマイク付きのケーブルだから、それをドラムに巻いて繰り出しつつ敷設する手法が成り立つ。
敷設・撤去・メンテナンスの際は、円滑に、かつケーブルやハイドロフォン・アレイを傷めないように繰り出したり、あるいは揚収したりできないと具合が悪い。そこで、敷設船の船首あるいは船尾には、シーブと呼ばれる仕掛けが付いている。
外見は「溝が並んだ」風体だが、この中に滑車が仕込んであって、角を作らずにケーブルなどを出し入れできる仕掛けになっている。船首(バウ)に設けるものをバウシーブ、船尾(スターン)に設けるものをスターンシーブという。そして、作業の便を図るために、シーブの上に足場となる台を構築しているケースもある。
ただ、バウシーブを使って敷設するとなると、艦を後進させなければならない。バウシーブからケーブルを繰り出しつつ艦を前進させると、繰り出したケーブルは船底をかすめながら海底に降りていく形になる。そこでケーブルが船体に当たったら、傷んでしまうかもしれない。それを避けるには後進するほうが具合が良さそうだ。
それなら、スターンシーブを使うことにして、前進しながらケーブルを繰り出す方が合理的である。
似て非なる海洋観測艦
電纜敷設艦と同様に、ケーブル繰り出し用のシーブを備えている事例が目立つのが、海洋観測艦。といっても、目的は異なる。
海洋観測艦の仕事は読んで字のごとく。水温、海流の向きや速度、ひょっとすると塩分濃度などといった、海洋そのものに関する調査とデータの収集。それと、海底地形の測量も行う。
そうした作業のために使用する機材を海中に降ろしたり、作業が終わった後で引き上げたりする際に、シーブがあると具合が良いので、艦首に目立つバウシーブを備える艦が出てくる。ケーブルを敷設する場合と違い、観測の際には停止するのでバウシーブでも問題はないと思われる。
もっとも、その辺の仕掛けは場合によりけり、艦の設計によりけりなので、海洋観測艦がすべて船首にシーブを備えているわけではない。実際、海上自衛隊の海洋観測艦でも、シーブを備えた艦と、備えていない艦がある。
武装はしていないし、艦種記号が「A」(Auxiliary の頭文字)で始まることでおわかりのように補助艦扱いだが、海洋観測艦が収集するデータは潜水艦の行動に深く関わっているため、実は情報保全のレベルが高い艦だ。
もちろん、潜水艦を見つけて狩り立てる側にとっても、事情は同じ。ソナーによる探知が成り立つかどうかは海水の温度や塩分濃度に左右されるので、平素からデータを蓄積しておかないと、探知が困難になったり、明後日の方を攻撃したりという仕儀になってしまう。それは困る。
そして、海洋観測艦が海底地形に関するデータを収集しておかないと、海底ケーブルの設置もままならない。真っ平らだと思ってケーブルを降ろしたら、そこには深い海溝ができていました、ということでは困るのだ。
精確な航法が命
電纜敷設艦は前述したように、計画した通りの場所にケーブルを据え付けられなければ仕事にならない。海洋観測艦も、データと、そのデータを採取した場所の対応が正しくなければ仕事にならない。どちらにしても精確な航法が求められるし、作業中に艦位を正しく保つ必要もある。
だから、精度の高い航法機器は不可欠だし、細かな操艦を可能にする推進装置、あるいはスラスタ(横方向の推進力を発揮する機器で、岸壁に自力で横付けする際にも使う)を備えていることが多い。地上と違い、海上では機関を止めていても海流や波を受けて動いてしまうから、能動的に位置を保つ仕掛けは不可欠である。
今なら航法についてはGPS(Global Positioning System)を使えるから、だいぶ楽になったと思われる。しかし、昔はかなり苦労したというか、熟練が求められたのではないだろうか。
もっとも、世の中には航法がいい加減でも済むフネというのは存在しないが、陸地から離れずに航行するフネ(つまり地文航法をアテにできる)と、外洋のまっただ中で仕事をしなければならない場面も多い電纜敷設艦や海洋観測艦では、難しさは違うだろう。
実際、G-I-UKギャップを横断するようにSOSUSを設置するとなれば、荒れやすい北大西洋が仕事場になる。これは大変だ。(G-I-UKギャップとは、グリーンランド~アイスランド~イギリスを結ぶラインのことで、北方から大西洋に向けて進出しようとするソ連海軍に対する阻止線と位置付けられていた場所だ)