第197回第199回で、曳航ソナーについて書いた。その際も述べたように、曳航ソナーというのはハイドロフォンを縦にズラッと並べたアレイである。ところが、縦一線にハイドロフォンを並べるが故の泣き所がある。その話を少し詳しく説明しよう。

縦一線に並んだハイドロフォンによる探知

ハイドロフォンが1つしかないと、「音が聞こえる」「音が聞こえない」しかわからない。しかし、ハイドロフォンを複数並べてアレイを構成すると、音が入ってくる方位によって、個々のハイドロフォンごとの聴知タイミングが少しずつずれる。

例えば、前方のハイドロフォンから後方のハイドロフォンにかけて順に聴知した場合、探知目標は真横よりも前方にいると考えられる。逆に、探知目標が真横よりも後方寄りにいれば、後方のハイドロフォンから先に聴知するはずである。近い側から先に聴知するからだ。

ということは、聴知したタイミングのズレを精確に計測できれば、それと音波の伝搬速度のデータに基づいて、目標の方位を計算できる理屈になる。

探知目標が真横にいれば、ハイドロフォン・アレイの中央にあるハイドロフォンが最初に聴知して、そこから前後のハイドロフォンに向けて、同じタイミングで聴知が進むはずだ。

ところが、縦一列に並べただけのハイドロフォン・アレイだと、上下左右の区別がつかない。以下の図でおわかりの通り、探知目標が右舷側にいても、左舷側にいても、同じタイミングで聴知するのである。

縦一列に並んだハイドロフォン・アレイでは、左右の区別がつかない。どちら側にいる目標でも、個々のハイドロフォンが聴知するタイミングの差は同じになってしまう

ここでは左右方向について書いたが、曳航ソナーを深いところに降ろしていると、上下方向についても同じ問題が生じるかもしれない。

さて。このままでは探知目標がどちら側にいるかわからないので、変針してみる。そして同じ目標を聴知するのだが、こちらの進路が変われば、聴知した探知目標の方位は変わるはずである。

そこで、最初に聴知した時に引いた左右2本の方位線と、変針後に聴知したときに引いた2本の方位線を重ねてみる。そして、それぞれの方位線が重なった側にいるのが本物の探知目標である。

図の例の場合、左舷側の方位線(2)が近くで交差する。その一方で、右舷側の方位線(1)は、交差するにはするが、交差する位置ははるか彼方である。すると、左舷側の方位線が本物の探知目標であろう、という推測が成り立つ。

何かを聴知したら、変針してみる。そして、変針前の探知目標の方位線と、変針後の探知目標の方位線を重ねてみる。両者が重なった側の探知目標が本物であろう

海上自衛隊では、この「変針によって異なる方位線を引いてみる」作業のことを、「方位アンビ」と呼んでいるらしい。アンビとはアンビギュイティ ambiguity、両義性とか多義性とかいった意味の英単語である。すると、方位アンビとは「方位の両義性を取り除くための挙動」というわけだ。

ただし、方位アンビを正確に行うには、曳航ソナーを構成するハイドロフォン・アレイが、変針した後で真っ直ぐに落ち着くまで待つ必要がある。ハイドロフォン・アレイは柔軟性があるので、変針によって曲がってしまうのだ。その曲がった状態のままで、個々のハイドロフォンごとに聴知タイミングの差(位相差)をとっても、正確な方位は出ない。

ハイドロフォン・アレイの多局化

この問題を解決するにはどうするか。そこで登場するのが「多局化」である。

要するに、ハイドロフォン・アレイが単純な縦一列だからいけないのである。同じ位置に複数のハイドロフォンを配置して、それを縦にズラッと並べれば、問題を解決できる。

曳航ソナーを単に縦一列に並べたのでは方位成分しか得られず、しかも左右の区別がつかない。多局化して同じ場所に上下左右・複数のハイドロフォンを設置することで、この問題を解決できる。

ハイドロフォン・アレイを構成する個々のハイドロフォンを、ひとつではなく複数にするのが「多局化」。図では1つだけ抜き出して書いているが、実際にはこれが縦にズラッと並ぶことになる

上の図では、個々の円筒形がハイドロフォン1つに対応していると考えていただきたい。単局の場合、単にハイドロフォンが1つあるだけだが、多局化した場合の図では、上下左右、合計4個のハイドロフォンがある。この組み合わせが縦にズラッと並んで、ハイドロフォン・アレイを構成する。

こうすると、同じ位置にある4個のハイドロフォンでそれぞれ、何かを聴知した際に微妙なタイミングの差(位相差)が生じるはずである。その差を検出できれば、「左右のいずれかがわからない」「上下のいずれかがわからない」という問題を解決できることが期待できる。

ただし、多局化しようとするとハイドロフォン・アレイが大型化するので、曳航ソナーが大きく、重くなってしまう。また、中に組み込むハイドロフォンの数が単純計算で4倍になるわけだから、個々のハイドロフォンと艦を結ぶ配線が複雑化して、これも重量増加の要素となる。

そして、上下左右で位相差が出るといってもわずかな違いだから、そのわずかな違いを確実に検出できるようにすることも、課題の1つになる。

そんなわけで、多局化というのは「いうは易く、行うはなんとやら」というところがある。その代わり、その課題を突破して多局化したハイドロフォン・アレイを実現できれば、曳航ソナーによるパッシブ探知が効率化する。方位アンビのために変針する手間も、変針した後でハイドロフォン・アレイが真っ直ぐになるのを待つ手間もかからないからだ。