ソフトウェアの開発経験をお持ちの方なら理解していただけると思うが、操作性にいちいち気を使わないほうが、開発やテストの手間がかからないはずだ。逆に、操作性を改善しようとすると、開発やテストにかかる手間は増えるし、それをどうにか軽減できないかということで、いろいろ工夫がなされてきた。

奪取された無人潜水艇はDOSベース

2016年12月15日に南シナ海で、アメリカ海軍の測量艦「ボウディッチ」が海洋調査用の無人潜水艇(水中グライダー)を回収しようとしたところ、現場にやってきた中国海軍の艦が無人潜水艇を奪取する事件が発生した。その後、中国側が件の無人潜水艇を返還したのは、すでに報じられている通り。

件の無人潜水艇は、テレダイン・ウェッブ社製の「スローカムG2」といい、自ら動力を持って航走することはせず、浮上と潜水を繰り返しながら海水の温度・塩分濃度・透明度などのデータを収集する仕組みになっている。

中国が奪取した後でアメリカ側に返還した「スローカムG2」。受領を担当したイージス駆逐艦「マスティン」の艦上で撮影 Photo : US Navy

その事件とマン・マシン・インタフェースに何の関係があるのかという話になるのだが。

たまたま別件の仕事の関係で、問題の奪取事件について調べる必要が生じた際、その過程で「スローカムG2」のマニュアルに行き当たった。それを見ていたらなんと、「スローカムG2」を制御するオンボード・コンピュータは、コマンドライン・ベースのオペレーティング・システムで動いていることが判明した。

名前は「PicoDOS」「GliderDOS」といい、マニュアルに書かれている内容を見ると、使用するコマンドはMS-DOSとそっくりである。なにしろ「AUTOEXEC.BAT」ファイルまで存在するというのだ。MS-DOSを御存知ない方のために説明すると、これはシステム起動時に必ず実行したいコマンドを記述しておくためのファイルである。

つまり、Windowsの[スタートアップ]フォルダみたいなものだ(余談だが、[スタートアップ]フォルダの機能が付いたのは、確かWindows 3.1からである)。

ともあれ、この「スローカムG2」を扱うには、コマンドライン・ベースの操作が必要になるという話になるのだ。筆者はMS-DOSやOS/2 1.0の時代からパーソナル・コンピュータを扱っている人間だから、コマンドラインで操作しろといわれても驚かない。拙宅にはインターネット接続用のルータとしてヤマハRTX1000があるが、これだってコマンドで操作している。

しかし、GUI操作に慣れた人が見たら「いちいちコマンドを入力して操作しないといけないのか !」とビックリさせられそうである。これでようやく、無人潜水艇奪取事件とマン・マシン・インタフェースの話がつながった。

マン・マシン・インタフェースの重要性

ここではマン・マシン・インタフェース(MMI)という言葉を使っているが、業界ではさまざまな用語が同じ意味で使われている。近年の軍事業界では、ヒューマン・マシン・インタフェース(HMI)という言葉も多用されるが、女性の軍人が増えて「マン」では具合が悪くなったのだろうか。

IT業界だとむしろ、ユーザー・インタフェースという言葉のほうがなじみ深そうである。どれでも意味するところは似たようなものだ。

なんにしても、人間が機械やコンピュータ機器を操作する際の接点になる部分だから、重要である。操作性が良くなかったり、操作に手間がかかったりすると、誤操作あるいは操作の遅れが原因で、戦闘に負ける場面が発生する可能性がある。

また、情報を表示する場面でもマン・マシン・インタフェースが関わってくる。通信手段の発達、とりわけコンピュータ同士を結ぶデジタル通信網(業界でいうところのデータリンク)の普及によって、昔には想像もつかなかったような速さと量で情報が流れ込んでくるようになった。

しかし、流れ込んできた膨大なデータをわかりやすく提示できないと、状況認識(SA : Situation Awareness)を阻害する。それでは何のためのコンピュータ化なのか、何のためのデータリンクなのかがわからない。

つまり、軍事分野でもその他の分野でも同じことだが、単にコンピュータ化、ネットワーク化すれば済むという話ではなくて、マン・マシン・インタフェースの改善を図っていく必要があるのだ。軍事分野におけるマン・マシン・インタフェースの良し悪しは、極端なことをいえば国家の命運にも関わり得る。

昔の旅客機のコックピットみたいに、計器とスイッチと表示灯が数百個も計器盤に並んでいる光景は、メカ好きのハートを刺激する。それはそうなのだが、操作性の良し悪し、状況認識の良し悪しという観点からすると、話は別。

より操作しやすい、誤操作しにくい、状況が一目で理解できるような、そんなマン・マシン・インタフェースを追求しなければならない。その点、最近のグラスコックピットは表示する情報の取捨選択を手動で、あるいは自動で行えるから、「情報の洪水」をある程度はコントロールできる。

昔は、まずコンピュータで動作するシステムを実現するだけで手一杯だったから、操作性の良し悪しは後回しになっていた、といえるかもしれない。

AスコープとPPIスコープ

筆者がよく引き合いに出すのはレーダーのスコープだ。神代の時代のレーダーは方位と距離が別々の画面に出る、「Aスコープ」という、すこぶる分かりにくい代物だったのだ。電気回路を構築する観点からすると、方位の情報はアンテナの向きから得られるし、距離の情報は送信した電波が戻ってくるまでの時間から得られる。つまりソースが別だから、別々に表示するように作る方が楽だ。しかし、操作する側から見るとわかりにくい。

レーダーの画面というとなじみ深いのは、自分が中心にいて輝線がグルグル回り、探知目標の輝点が現れる、いわゆるPPI(Plan Position Indicator)だろう。しかし、第2次世界大戦中には、このPPIスコープを導入できていたレーダーは少なかった。アメリカ海軍の艦載レーダーでは使っていたそうだが。

サウスダコタ州のラピッド・シティ近くにある、エルズワース空軍基地の航空管制レーダー室。昔のレーダーと違い、ひとつの画面を見るだけで全体状況を把握できる Photo : USAF

AスコープとPPIスコープの対比は、情報を提示する場面におけるマン・マシン・インタフェースの問題である。そのほか、例えばコンピュータを操作したり指示を出したりする場面でも、コマンド操作かGUI操作か、GUIならどういうデザインにするのか、という問題がついて回る。

次回から、その辺の話をいろいろと、実例を引き合いに出しながら解説していこうと思う次第だ。