航空自衛隊向けF-35A初号機のロールアウト式典を取材するために、9月にテキサス州フォートワースにあるロッキード・マーティン社の工場を訪れた。その式典の前日に当たる9月22日に、工場の組立現場などを見学するメディアツアーが行われた。その際、飛行場の方に移動して、試験飛行中のF-35Bが空中停止する場面を見せてもらった。
F-35Bは短距離離陸・垂直着陸型
F-35BがF-35AやF-35Cと違うのは、STOVL(Short Take-Off Vertical Landing)、つまり「短距離滑走離陸・垂直着陸」を行うところ。
普通の固定翼機は、主翼が発生する揚力に頼って浮揚する。だから、ある程度の速力に達しないと離陸できない。それには相応の滑走距離が必要になるし、滑走距離を確保できない空母ではカタパルトで強制的に加速させている。
ところが海兵隊が運用するF-35Bでは、カタパルトがない場所でも短距離滑走で離陸できるようにしたい、という運用要求がある。カタパルトがない強襲揚陸艦の艦上から滑走離艦するためだ。
着艦のほうは、空母だとワイヤーにひっかけて強制的に止める装置があるが、強襲揚陸艦にはそれがない。だから、垂直着陸が必要になる。滑走して降りようとしても、車輪のブレーキだけに頼ると止まりきれないし、滑走するための場所をとる問題もある。
そこで冒頭で書いたSTOVLという話になるのだが、それをどうやって実現するか。主翼が発生する揚力だけでは実現不可能なので、別の手段が要る。そこでF-35Bはエンジンの推力偏向とリフトファンを組み合わせた。
推力偏向システムはもともとロシアで考案されたアイデアを使っており、通常は真後ろを向いている排気ノズルを下に向けられるようになっている。正確にいうと、真下より少し前まで向く。
実は、「国際航空宇宙展2016」で屋外展示されていたF-35の実大模型の横にあったエンジン、これがF-35Bで使うF135-PW-600エンジンの実大模型だ。後ろのほうの排気管の途中に、斜めの継目が2カ所あるのがおわかりいただけるだろうか。これを3BSM(3-Bearing Swivel Module)という。
実は、この継目がミソで、これを使って排気管の向きを変えられるようになっている。言葉で説明するのは難しいが、「3BSM」をキーワードにして動画検索してみると、何か出てくると思われる。
これを使って排気を下向きに変更すれば、上向きの力になって、主翼の揚力がなくても機体を支えることができる。しかし排気ノズルは尾部に付いているから、そこで上向きの揚力を発生させるだけでは、機体が前につんのめってしまう。
そこでコックピットの直後に、ロールス・ロイス社が開発したリフトファンが納まっている。要するに縦向きのファンで、上から空気を吸い込んで下向きに排出する。ファンの駆動力はエンジンから得るのだが、それが必要になるのは離着陸時だけだから、それ以外はクラッチを切ってある。また、余計な空気の流れを作らないように、上と下のふたは閉めておく。
なお、着陸の際はエンジンとリフトファンの推力を徐々に落としながら機体を下降させていくが、推力を落とさなければ空中停止ができる。筆者がフォートワースで見せてもらったのが、これだ。
遷移飛行という難題
さて、理屈はわかった。では、実際の操縦操作はどうなるか。
離陸する場合、エンジンの排気ノズルを後ろ斜め下方に向けるとともに、リフトファンを作動させる。その状態で、エンジンを全開にしてブレーキを解除すると、滑走が始まる。主翼が十分な揚力を生み出す速度に至っていなくても、エンジンの排気とリフトファンの力によって機体は浮揚する。
浮揚して充分な速度まで加速しつつ、ノズルの向きを真後ろに変えていく。また、リフトファンのクラッチを外して回転を止めるとともに、リフトファンの上下にあるふたを閉める。
では、着陸や空中停止(ホバリング)はどうするか。この時、水平飛行との間で遷移飛行を行うという厄介な問題がある。つまり、徐々に速度を落としながら進入しつつ、エンジンの排気ノズルを下方に向けるとともに、リフトファンの上下にあるふたを開けて、さらにクラッチをつないでリフトファンを回転させる。
とにかく、主翼が揚力を発生できなくなる速度、すなわち失速速度まで減速した時点でエンジンとリフトファンによる浮揚力が機体の重量を上回る状態にしておかないと、墜落してしまう。
この、リフトファンの作動とエンジンの排気ノズル偏向を地上でテストしている模様を撮影したのが、以下の動画だ。
Lockheed Martin F-35B STOVL Propulsion Ground Test
https://www.youtube.com/watch?v=EgT_POKZylE
F-35Bの導入によって置き換えられるAV-8BハリアーIIの場合、エンジンの排気ノズルが胴体左右側面の4カ所に付いていて、それの向きを手作業で変えるとともに、スロットル・レバーで推力を加減している。そちらのほうが操作はシンプルだが、ノズルの向きの制御と推力の制御とその他の操縦操作の調和がとれていないと、バランスを崩してしまう。
STOVLを実現するメカの複雑さではF-35Bの方が上をいくので、その分だけ動きはややこしい(ハリアーIIにはふたの開け閉めなんて操作はない)。ところが、垂直着陸や短距離離陸に関わる操作について、F-35Bはすべて飛行制御コンピュータが引き受けてくれるので、実はF-35Bのほうが操縦は簡単だそうだ。筆者はやっていないが、コックピット・シミュレーターでF-35Bの操縦を体験した人が、そう話していた。
操縦が簡単になれば、STOVLを行う際の事故を減らす効果を期待できる。それは結果としてパイロットの人命を救い、国家資産の減耗を減らすことにつながるので税金の有効活用になる。
また、普通に固定翼機として飛んでいる時の操縦が簡単になれば、機体の操縦に神経を使わなくてもよくなるから、その分だけ、戦術を組み立てたり武器やセンサーを使ったりする方に頭を使う余裕ができる。
どちらも、飛行制御コンピュータがあればこそ、である。