F-35に対する批判的な意見をよく見かけるが、その多くは「スピードが出ない」「機動性が良くない」といった、一言で言えば「ヴィークルとしての良し悪し」を問うものである。なるほど、最高速度も加速力も旋回性能も基本的な水準は満たしているが、図抜けてすごい戦闘機とは言えないのかもしれない。
しかし、F-35の本質は別のところにある。この機体はステルス化によって被探知性を下げた上で、優れた「眼」と「耳」を持っている。
F-35の神経線となるCNIシステム
CNIとは通信(Communications)、航法(Navigation)、識別(Identification)の頭文字を取ったもので、CiiNiiとは何の関係もない。F-35のCNIシステムは、ノースロップ・グラマン社が手掛けている。
一見したところ、この3種類はまるで無関係の機能に見える。しかし、通信は無線の送受信を行うものであり、航法でも電波のやりとりがあるし、敵味方の識別も電波で誰何する。意外と共通する部分がある。
どんな戦闘機でも艦艇でも車両でも、音声通信用の無線機は持っている。そして近年だと、搭載するコンピュータやセンサーで得たデータをやりとりしたり共有したりするために、データ通信用の無線機、いわゆるデータリンク装置も備えるのが普通になった。
また、レーダーで捕捉した物体が敵か、それとも味方かを識別するために、IFF(Identification Friend or Foe)を積んでいる。そう言えば、この連載ではまだIFFのことを詳しく書いていなかったと思うので、そのうち機会があれば書いてみたい。
閑話休題。特に種類が増える傾向にあるのが通信関連の機器だ。音声通話用の通信機も、飛行機同士が近距離で使用するVHF/UHF通信機だけで済むとは限らず、遠距離通信用にHF通信機や衛星通信機を備えることもある。そこに、さらにデータリンク機器が加わる。
すると、通信関連の機能が増える分だけ通信機という名のメカがたくさん載ることになり、場所をとる。航空自衛隊の戦闘機でも、F-15JにしろF-2にしろ、後からデータリンク関連の機器を追加した、あるいはする方向にある。
F-35はデータリンクの存在を前提にした戦闘機だから、最初から音声用の通信機とデータリンク用の通信機を備えている。それだけでなく、複数の無線通信関連機能をバラバラの機材にする代わりに、ソフトウェア無線機(SDR : Software Defined Radio)化することでひとまとめにしてしまったのが目新しい。
だからF-35のCNIシステムは、音声通信もデータリンクもつかさどっている。しかもデータリンクは、既存の機体や艦艇などとやりとりするためのUHFデータリンク・Link 16と、F-35同士で使用するKuバンドの高速データリンク・MADL(Multi-Function Advanced Data Link)の両方に対応する。将来は、他のプラットフォームにもMADLを展開することになるかもしれない。
このMADL、先に米海兵隊のF-35Bを「眼」として使うNIFC-CA(Naval Integrated Fire Control-Counter Air)の試験を実施した際に、陸上に設置したイージス戦闘システムにデータを送る際に使ったそうだ。ということは、イージス戦闘システムの側にはMADLの端末機を追加する必要があったはずだ。まだF-35みたいに全面的にソフトウェア無線機化していないから、そうなる。
参考 : ロッキード・マーティン社プレスリリース
F-35 and Aegis Combat System Successfully Demonstrate Integration Potential in First Live Missile Test
ソフトウェア無線機の利点
ソフトウェア無線機はその名の通り、対応する通信の種類(業界ではウェーブフォームと呼んでいる)に併せて別個に電子回路を組む代わりに、ソフトウェアで制御するシグナル・プロセッサを使う。
だから、ソフトウェアを追加すれば新しいウェーブフォームに対応できるし、不具合対処や機能拡張についてもソフトウェアを手直しすることで対応できる。ソフトウェアの開発は面倒だが、いったん完成すれば後で楽ができる(はずだ)。
実はF-35に限った話ではなくて、米軍で導入を進めている新型データリンク装置[ MIDS JTRS(Multifunctional Information Distribution System Joint Tactical Radio System)」もソフトウェア無線機だ。もともとLink 16用の端末機として作られたが、ソフトウェアを追加することで、もっと性能のいい新型データリンクのウェーブフォームにも対応できるようになっている。
日本だと、陸上自衛隊の野外通信システムがソフトウェア無線機だ。(参照 :【レポート】NEC、陸上自衛隊向け「野外通信システム」とその生産設備を公開)
ソフトウェアを追加しても物理的なスペースは増えないし、機体の重量も増えない。メモリとストレージを余分に使うが、通信機を1つ追加するのに比べれば問題は小さいし、最初に余裕を持たせておくこともできる。
だから、F-35みたいに機内空間に余裕のない機体では、ソフトウェア無線機のメリットは大きい。F-16並みにコンパクトなサイズなのに、機内燃料搭載量はF-16の2倍近くあるし、ステルス化のために機内兵器倉まである。機内はもうギッチギチで、設計は大変だった……とは、ロッキード・マーティン社員の弁。
担当メーカーを巡る疑問と、その答え
前述したように、F-35のCNIシステムを手掛けているのはノースロップ・グラマン社である。前身のノースロップ社もグラマン社も航空機メーカーだったから、ノースロップ・グラマン社も航空機の会社ではないか……という先入観を持つのは自然な流れ。
しかし、実態は異なる。もちろん航空機も手掛けているが、そこに搭載するレーダーなどのセンサー機器、そしてF-35のCNIシステムに代表される通信などの各種電子機器など、「中身」を手掛けるエレクトロニック・システムズ・セクターも重要な位置を占めているのが同社の現状だ。
念のためにと思って、同社の2015年版年次報告書を調べてみたら、2015年の営業利益(Operating income)はエアロスペース・セクターが12億2000万ドル、エレクトロニック・システムズ・セクターが10億6800万ドルで、べらぼうな差はない。つまりドンガラ(飛行機)だけでなく、アンコ(搭載電子機器など)が大事な稼ぎ頭になっているわけだ。