従来の戦闘機と違うF-35の最大の特徴は、AN/AAQ-37 EO-DASの存在だ。ちなみに、EO-DASは「イーオー・ダス」と読む。フォートワース工場で機体について説明してくれたロッキード・マーティン社の人は縮めて「ダス」と呼んでいた。実は、この記事を書くために過去の本連載の原稿を読み返してみたところ、まだ取り上げていなかった。とんだ手落ちである。
全周が見える
1970年代以降、戦闘機は良好な視界を確保しなければならないという認識が高まり、空力的要求を二の次にしてコックピットを大きく突出させた、後方まで視界の良さそうな形が普通になった。
しかし、すべて透明なスケルトン飛行機というものがあれば別だが、機体構造材で視界を遮られる部分はどうしても出てくる。特に真下はどうにもならない。
第2次世界大戦中、イギリス海軍のソードフィッシュ艦上攻撃機が敵艦の攻撃に行ったら、そのうちの1機が対空砲火で床の外板(正確にいうと布張りだが)をもぎ取られてしまった。それで、その上の席に座っていた搭乗員が帰途に「風通しが良すぎるう ! 床板やあい!」と呪いの言葉を吐き続けていたそうである。そういう場面でもなければ、普通、床下は見えない。
ところが、その常識を壊したのがF-35だ。この機体にはEO-DAS(Electro-Optical Distributed Aperture System)というものが付いている。この名称を日本語に逐語訳すると「電子光学分散開口システム」となる。「開口」といわれると何のことかと思うが、要するに、昼夜・全天候下で視界を得るための赤外線映像センサーだ。
EO-DASは、機体の周囲をカバーするように6基のセンサーを備えている。設置場所は、キャノピーの前(前上方向き)、キャノピーの後方(後上方向き)、胴体下面の張り出し(前下方向き・後下方向き)、機首の両側面で、合計6カ所。これにより、床下も含めて全周が見えるようになっている。
ちなみに、この画期的なメカを担当しているのはノースロップ・グラマン社である。
開発は大変だった
デジタル映像の世界では、パノラマ撮影したデータをつなぎ合わせて1つの画像にするソフトウェアがあるが、EO-DASもそれと似た理屈。6カ所のセンサーから得たリアルタイム動画をつなぎ合わせて、全周視界の動画データに仕立てる。そのデータを、パイロットが被っているヘルメットのバイザーに投影表示する。いわゆるHMD(Helmet Mounted Display)だ。
HMDを装備したため、F-35はこれまでの戦闘機なら不可欠の装備だったはずのHUD(Head Up Display)がなくなった。HUDは計器盤の上に固定されているから、前方を見ている時でなければ使えない。それでも計器盤に視線を落とさなくていいし、焦点を無限遠に設定してあるから焦点を合わせ直す負担も少ないのだが、どちらを向いていても使えるHMDの方が有利なのは容易に理解できる。
パイロットの頭の向きは一定ではないから、HMDでは頭の向きを検出する仕組みが不可欠となる。これとEO-DASを組み合わせると、「パイロットが下を向けば、下方のセンサーで撮影した映像を表示するようになる」というわけで、床下の映像も見られることになる。
と書くだけなら簡単だが、実際にそれを作るのが容易ではないのは、ソフトウェア屋さんや映像屋さんなら容易に理解できると思う。表示にちらつきや遅延があってはならないし、つなぎ合わせた部分が不自然な表示・不鮮明な表示になっても困る。だから、F-35の開発において、EO-DASは開発に手間取った部類に属する。
また、データを投影表示するヘルメットは、普通なら存在しないプロジェクターまで備えなければならないので、必然的に重くなる。しかしヘルメットが重くなるとパイロットの首にかかる負担が増える。
といった具合に考えていくと、開発が難航するのも宜なるかな。しかし、いったん出来上がれば、おおいに役に立つ仕掛けであろうことは、容易に理解できる。
参考動画
F-35 DAS (Northrop Grumman)
F-35 Helmet Display System (Rockwell Collins)
映像だけではない?
実はこのEO-DAS、単に映像を表示するだけのメカではない。HMDには、通常ならHUDに表示する飛行関連データ(速度とか姿勢とか高度とか)に加えて敵機を探知・捕捉したときのデータも表示する。そしてEO-DASのセンサー映像については、単に捕捉した映像を表示しているだけではないようなのだ。
映像だけだと、遠くにいる飛行機は単に1つの「点」として映る。それが近づいてくると、だんだん飛行機の形に見えてくる。だから単に映像だけ表示していると、識別できるぐらい接近しなければ、それが飛行機だとはわからない。そこからさらに、外形や塗装などの情報を利用して敵味方の識別をしないといけない。そこでEO-DASでは、映像に飛行機らしき「点」が映ると、それはシンボル図形で囲んで表示してくれるようなのだ。
もちろん、F-35も他の戦闘機と同様に、電波を使って誰何する敵味方識別装置(IFF : Identification Friend or Foe)を備えている。しかし、これはレーダーと組み合わせて使うもので、レーダーが探知した目標に対して誰何を行い、敵味方の区別をつける。ところが、EO-DASでは(レーダーではなく)映像のデータとひも付けなければならない。
おそらく、自機のレーダー探知情報、あるいはデータリンクを通じて流れ込んでくる外部のレーダー探知情報、それらに付随するIFFの情報など、使えるデータを総動員して識別を行い、その結果をEO-DASの映像表示に反映させているはずだ。
実のところ、F-35の売りは「データ融合」「センサー融合」だから、EO-DASの映像情報に他のセンサーのデータを加味するぐらいのことはやっていても驚くには当たらない。しかしこれもまた、「口でいうのは簡単だが、開発・実装するのは大変」な部類の話である。