今回は単発で、8月下旬に公表された平成29年度(2017年度)防衛予算概算要求の中から、目についた話をいくつか取り上げてみることにしたい。時事ネタだから「鮮度」が大事である。
指揮統制システムの基盤整備
平成29年度概算要求に、「全国的運用を支えるための前提となる情報通信能力の強化」というくだりがある。こういう説明である。
これまで各自衛隊が個別に整備してきた指揮システムに、段階的にクラウド技術を導入して一体的な整備を行い、運用面での柔軟性や抗たん性を向上すると同時に、整備にかかるコストを縮減
クラウド云々はともかく、重要なのは陸海空の三自衛隊と統幕(統合幕僚監部)の指揮通信システムについて、基盤を共通化するところにあると思う。共通化をうたうということは、これまでは共通ではなかったということだ。イメージ図を見るとわかりやすい。
指揮システムとは、指揮官のもとに情報を上げたり、意志決定を支援したり、指令を下達したりするための情報処理・通信システムである。従来、陸自・海自・空自・統幕で別個に、独立したシステムを整備していたものを、共通する基盤のもとにまとめようという趣旨である。
もちろん、システムが別個だから完全に独立してバラバラに運用するというのでは、陸海空の円滑な共同運用は実現しがたい。実のところ、「陸自だけ」「海自だけ」「空自だけ」で済む話など、ほとんどないのである。
例えば、ミサイル防衛なら、航空自衛隊がレーダー網や指揮管制システム、それとPAC-3といった資産を持っているし、海上自衛隊もイージス艦とSM-3という資産を持っている。しかも、米軍が持つ資産との連携も絡んでくるから、これらをすべてネットワークでつないで(業界用語でいうところの「連接」)、相互に情報や指令をやりとりできるようにしなければ任務が成り立たない。
もっと大変なのが島嶼防衛や島嶼奪還で、それこそもう陸上自衛隊・海上自衛隊・航空自衛隊が一緒に動くのだから「オールスター」である。水陸両用戦で何が大変なのかというと、陸・海・空すべての資産が相互に連携しながら動くところと、そのための情報通信インフラが重要になるところだ。例えば、地上部隊が戦闘機に対して迅速に支援を要請できなければ、これは作戦の成否に関わる大問題だ。
もちろん、システムを相互に接続する方法でも仕事はできるかも知れないが、別個に整備することによる非効率は残る。運用面だけでなく、開発・調達についても同様である。
ハードウェアはいうまでもないが、ソフトウェアも機能的に共通する部分は共通化して、陸海空それぞれで異なる部分だけ、独立したモジュールにするほうが、開発・運用・維持管理・更新を容易にできると考えられる。
複数の銀行が合併した時、勘定系のシステムを元の出自ごとに持ったままでつぎはぎにするよりも、新しい単一システムにまとめるほうが好ましいだろう。それと似たところがある(その新しいシステムの開発に難儀をする場面があるかもしれないが、それはまた別の問題であって、単一システムに統合しなくていい理由にはならない)。
陸自SSM部隊のネットワーク化
海上自衛隊の護衛艦は昔から、データリンクを導入して戦術情報のやりとりを行えるようになっていた。つまり、味方の位置情報や発見した敵の位置情報をネットワークに流して、ネットワークにつながっているすべての艦の間だけでなく、陸上の指揮所や航空機との間でも共有できるようにするという話である。
航空自衛隊も、陸上で全体の指揮統制を担当する「JADGE(Japan Aerospace Defense Ground Environment)システム」、E-2C、E-767、これから導入するE-2Dといった早期警戒機「AWACS(Airborne Warning And Control System)」機、そして実際に交戦を担当する戦闘機の間で、データリンクを導入しているか、あるいは導入が進みつつある。互換性がない2系統のネットワークを導入してしまい、中継するゲートウェイを必要とする結果になった点はなんだか釈然としないが、それはそれとして。
それと比べると、陸上自衛隊はデータリンクの整備において後れをとっている傾向が否めない。10式戦車がネットワーク・システムを導入したといっても、今のところ、それはまだ10式戦車だけのクローズドな話である。10式戦車も機動戦闘車も自走榴弾砲も牽引砲も指揮所もみんなひっくるめたデータリンク網の整備は、喫緊の課題のハズだが。
それはそれとして。平成29年度の概算要求に盛り込まれているのが、SSM(Surface to Surface Missile、地対艦ミサイル)に対する戦術データリンクの導入という話。
陸自のSSMは水平線以遠まで飛んでいける長射程の持ち主だが、問題はターゲティング、つまり目標の捕捉と指示である。陸上に設置したレーダーでは水平線以遠の目標を捕捉できない。
だから、海自・空自・米軍が持つ資産とデータリンクを介してつなぎ、早期警戒機やAWACS機や水上戦闘艦などが敵艦を捕捉した場合に、そのデータをもらえるようにしようというのが、戦術データリンク導入の趣旨である。
具体的なデータリンクの種類は書いていないが、海上自衛隊や航空自衛隊や米軍と連携させるというのだから、Link 16ではないかと思われる。相手が持っていない種類のデータリンク機器を導入しても、離れ小島のLANが1つできるだけである。相互接続性・相互運用性の観点からすれば、現時点でLink 16以外の選択肢はあり得ない。
ちなみに、陸上配備の資産でLink 16につながる事例としては、パトリオット地対空ミサイルがある。事前に、「どちらから、どれぐらいの敵機や敵ミサイルが飛来するのか」という情報をもらっておく方が効率的な交戦が可能だから、データリンクは不可欠である。
パトリオットはAN/USQ-140(V)11 MIDS-LVT(11)というLInk 16端末機を使っているが、それを陸自のSSMにそのままくっつけられれば端末機の種類は増えない。実際はどうなるだろうか。
サイバー・セキュリティについても言及
平成29年度概算要求を見ると、サイバー・セキュリティ関連で「実戦的サイバー演習の実施体制整備」とか「ペネトレーションテストの実施」とかいう話が出てくる。後者は民間でもおなじみの話だが、「今までやってなかったの?」という疑問は残る。
ちなみに米国防総省では、今春に "Hack the Pentagon" と題して、ホワイト・ハッカーを募って実際に攻撃してもらい、脆弱性をいぶり出すイベントを実施していた。