第149回で、イラク戦争以後に顕在化した厄介きわまりない脅威である、即製爆弾(IED : Improvised Explosive Device)の話を取り上げた。そこで紹介した「アクティブ・サスペンション内蔵座席」は、IEDが爆発してしまった時に被害を抑えるための対策だったが、爆発させずに済むなら、その方がいいに決まっている。
無線で起爆するところが付け目
第149回でも述べたように、IEDの多くは、ありものの砲弾・爆弾・地雷を改造する形で造られる。いずれも本来は信管がなければ起爆しないのだが、IEDでは信管の代わりに無線遠隔起爆装置を使うのが一般的だ。
無線遠隔起爆にすれば、起爆担当者は離れた場所で物陰に隠れてチャンスをうかがい、「ここぞ」というところで起爆させることができる。地雷のように起爆のための仕掛けを事前に内蔵する方法だと、思い通りのタイミング・思い通りの目標で起爆してくれるかどうかわからない。
かといって、生身の人間に自爆攻撃させようとしても、爆弾や砲弾や地雷を改造したIEDは大きすぎるし、重すぎる。生身の人間が自爆攻撃に使えるのは、爆薬を仕込んだ自爆ベストがいいところだが、これでは威力が限られる。そして、自爆攻撃を引き受けてくれる志願者を確保する、という面倒な課題もある。
そんなこんなの事情により、無線遠隔起爆装置ということになるのだが、それもまた、ありもので済ませるのが通例だ。そこで多用されるデバイスは携帯電話である。携帯電話なら入手性はいいし、電波はそこそこ遠方まで届く。この方法で起爆するIEDのことを特に区別して、「RCIED(Remote Controlled Improvised Explosive Device)」と呼ぶことが多い。
ところが、無線で遠隔起爆させるということは、その無線を妨害すれば起爆は不可能になるということである。そこで登場したのがIEDジャマーという新兵器だった。これについては本連載の第72回でも軽く触れているが、本当に軽くしか触れなかったので、もうちょっと突っ込んでみることにしよう。
どうやって妨害するのか?
「ジャマー(jammer)」 というと一般的には、レーダーや通信を妨害するものである。
レーダーはご存じの通り、電波のパルスを発信して、それが何かに当たって反射してきた時に、反射波の方位、それと発信から受信までにかかる時間を調べる。これにより、探知目標の方位と距離がわかる。
それを妨害しようとした場合、力任せに妨害電波をぶちかまして反射波の正常な受信を行えないようにしたり、正しくないタイミングでニセの反射波を送り返すことで贋目標を作り出したり、といった手を使う。
通信の妨害であれば、これもまた、力任せに妨害電波をぶちかます方法があるし、周波数と変調方法が分わかっていれば、割り込んで贋交信を仕掛けることもできる。
では、IEDジャマーはどうするか。無線遠隔起爆装置に使用するデバイスが主として携帯電話だから、一種のデータ通信が行われていると考えることができる。もっとも、爆弾が即製なら起爆装置だって即製だ。わざわざデータ・フォーマットを決めて、「最初から何ビット目までが起爆のための指令で、指令の記述方法はこうやって……」なんてやっているわけではなくて、もっとシンプルな方法だろう。
極端な話、「電波を受信したら起爆する」でも良さそうに思えるが、それだと携帯電話というポピュラーなデバイスを使うだけに、関係ない電波を拾って誤起爆する可能性がある。だから、もうちょっと手の込んだ方法が必要になると思われる。
難しいのは、力任せに強力な妨害電波を出した場合、それがかえってIEDの起爆装置を作動させてしまわないか、という懸念である。仕掛けが単純だと、かえって単純な理由で起爆してしまいかねない。IEDを起爆させないのがIEDジャマーなのに、そこでIEDを起爆させてしまったら意味がなくなる。
だからおそらく、ただ単に「スイッチポンで妨害電波を出して終わり」という機材では済まない。広帯域受信機を作動させて、RCIEDに起爆指令を送る電波を傍受する機能が必要になると考えられる。
それで発信源の方位と電波の周波数、可能なら変調方式まで突き止めることができれば、めっけものである。それに合わせた内容の妨害電波を、発信源に狙いをつけて送信すればいい。肝心のRCIEDのほうに妨害電波が行かなければ、「うっかり起爆」は避けやすくなると考えられる。
ただ妨害するだけの機材では済まない
近年では携帯電話で使用する電波の周波数帯が増えている。日本では、昔は800MHzしかなかったが、その後に1.5GHz帯が加わり、総務省のWebサイトで調べたところでは1.7GHz、1.9GHz、2.1GHzあたりの領域も加わっている。無線インタフェースの仕様にしても、第2世代・第3世代・第4世代とバリエーションがいろいろある。
これは日本の話だが、海外でも数字が違うだけで、事情は似たり寄ったりであろう。
その周波数帯や無線インタフェースのうち、どれをRCIEDの起爆で使ってくるかわからない。もちろん常識的に考えれば、地元の携帯電話会社が使っている周波数帯や無線インタフェースが疑わしいのだが、必ずそうなるという保障はない。
それに、世界のどこでIEDジャマーを使うかわからない。いちいち「イラク向け」「アフガニスタン向け」「シリア向け」と作り分けるわけにもいくまい。
だからIEDジャマーを作る時は、想定される周波数帯や無線インタフェースの仕様を調べて、それらすべてに対応できるような受信機と妨害電波発振装置を用意するのが理想的である。
そうやって対応可能な無線の種類を増やし、機能を強化していけば、どうしても機材は大型化する。それに、妨害電波の送信出力を大きくしていけば電源の問題が出てくるから、これもまた車載化する理由になる。個人携帯可能なサイズにまとめるのでは、電源の供給能力が足りない。
IEDジャマーの中には個人で背中に背負って携帯できるものもあるが、車載用のモデルや、宿営地や前哨地みたいな固定施設に設置する大型のモデルもある。機能を追求していけば、それだけ大掛かりなものにならざるを得ない。
すると、ハードウェアですべて実装するのではなく、ソフトウェア制御にしておいて、新たな脅威に対して柔軟に対応できるように……という要求だって出てくるだろう。
IEDに限った話ではないが、敵がシンプルで安上がりな攻撃手段を使ってきた時に、対抗する側がおカネと時間と技術をつぎ込まざるを得なくなり、非対称な負担を強いられる一例である。