「矛と盾」の話は有名だが、今のウェポン・システムの世界でも事情はまったく変わっていない。攻撃手段が進化すれば、今度はそれを受けて防禦手段が進化するといういたちごっこを繰り返している。そして、タイミングによって攻撃側が優位に立ったり、防禦側が優位に立ったりしている。
戦車の敵は……
装甲戦闘車両(AFV : Armoured Fighting Vehicle)といってもいろいろな種類があるが、防禦力が比較的弱い装甲兵員輸送車(APC : Armoured Personnel Carrier)、歩兵戦闘車(IFV : Infantry Fighting Vehicle)、自走榴弾砲(SPH : Self Propelled Howitzer)といったあたりの話はおいておこう。戦車(MBT : Main Battle Tank)を破壊できる武器があれば、その他のAFVも破壊できるからだ。
基本的には「戦車の敵は戦車」なのだが、それでは敵の戦車が襲ってきた時に、こちらに有力な戦車がないと対処不可能になってしまう。そこで、戦車以外の対戦車兵器はできないか、という話になるのは当然の流れだ。
そこで昔は対戦車砲というものがあったが、これは大がかりで重たいので、あまり機動性は良くない。そこに、福音(戦車乗りにとっては凶報)をもたらしたのが、成形炸薬弾(Shaped Charge)の出現だった。これは円柱状の高性能炸薬弾頭(HE : High Explosive)を用意して、敵戦車に命中する側の先端部に円錐状のへこみを設けたもの。そのへこみにライナーと呼ばれる金属板を貼り付けてある。普通は銅板を使う。
これを起爆させると発生するメタルジェットがへこみの側に噴出して、装甲板を侵徹する効果を発揮する。いわゆるモンロー効果である。
戦車砲で使用する徹甲弾は弾自体が持つ運動エネルギーで装甲板をぶち破ろうとするから、速くて重い弾のほうが威力が大きい。しかし、弾が太くなると速度を高める邪魔になるので、比重が高い劣化ウランやタングステン合金を使って、細長くて重い弾を造る。
ところが、成形炸薬弾の場合、装甲板をぶち破るのはメタルジェットの仕事だから、弾自体に速さは求められない。つまり、低速でも威力が見込める。そこで、小型のロケットや砲と成形炸薬弾を組み合わせた対戦車兵器が登場した。
近距離で使用するものでは、非誘導のロケットや無反動砲が主流。この手の武器としては、ソ連で開発されたRPG(Rocket Propelled Grenade)のシリーズや、ノルウェーのナンモ社が開発したM72 LAW(Light Anti-Tank Weapon)、スウェーデンのサーブ社が開発したAT-4、同じくスウェーデンのFFV社が開発したカール・グスタフなどが知られている。ちなみに、AT-4は口径84mmだからeighty-four → AT-4 というダジャレ命名だそうだ。
そして、射程が長くなると誘導機構を備えた対戦車ミサイルになる。アメリカ製だとBGM-71 TOW(Tube-launched, Optically-tracked, Wire-guided)やFGM-148ジャベリン、欧州製だとMILAN(Missile d'Infanterie Leger ANti-char)や、その後継として開発中のMMP(Missile de Moyenne Portée)、HOT (Haut subsonique Optiquement Teleguide tire d'un tube)など、種類は多種多様だ。種類が多いのは、それだけ需要が多いということである。
飛来する対戦車兵器を迎え撃て
前置きがえらく長くなったが、この手の対戦車兵器の威力が増すにつれて、戦車の側もウカウカしていられなくなった。実際、戦車が対戦車ミサイルやRPGなどにやられて散々な目に遭った事例はいくつもある。
そこで「矛と盾」の法則が発動して、飛来する対戦車兵器を迎え撃てないかという発想につながった。これが本題である。
相手が誘導機構を備えたミサイルであれば、誘導機構を妨害する、いわゆるソフトキルで対処できる可能性がある。しかし、誘導機構を持たないロケットでは、妨害のしようがない。対戦車ロケットを撃ってくる前に射手を撃ち倒すか、飛来する対戦車ロケットを撃ち落とすしかない。
ということでイスラエルのラファエル社が開発したのが、「トロフィー」というアクティブ自衛システム(APS : Active Protection System)。レーダーで周囲を捜索して、対戦車兵器の飛来を探知したら迎撃体を発射して破壊するというものだ。
すでに、イスラエル陸軍のメルカバ戦車やナメル重兵員輸送車に搭載事例があるほか、米軍でテストした事例もある。お値段はワンセットで20万ドルほどだそうだ。以下にメーカーの製品情報を示すが、後者のPDFの方に、割と詳しい説明が載っている。
参考 : トロフィーAPSの製品情報 http://www.rafael.co.il/Marketing/281-963-en/Marketing.aspx
トロフィーAPSのブローシャ(PDF) http://www.rafael.co.il/marketing/SIP_STORAGE/FILES/5/1155.pdf
メーカー公式のものは見つけられなかったが、トロフィーAPSに関する動画はいろいろ動画投稿サイトに上がっているので、「Trophy APS」とキーワードを指定して検索してみよう。
アクティブ自衛システムの難しさ
さて。敵はどこから撃ってくるかわからないから、アクティブ自衛システムを実現するには、監視用のレーダーも迎撃体の投射装置も、全周をカバーできるように複数台の設置が必要になる。
そして、敵は比較的近い距離から撃ってくるものだから、探知して対処するまでに使える時間はわずかだ。つまり、処理速度の速さが求められる。
それだけでなく、対戦車ミサイルや対戦車ロケットは小さいから、高い精度で探知・追尾できなければならない。しかも市街地で使用することを考えると背景はゴチャゴチャしており、探知・追尾を困難にする要素となっている。
といったあたりが「軍事とIT」の話題になる。つまり、安価で小型で、それでいて探知精度が高くて、しかも背景にある邪魔者を排除して、飛来する対戦車兵器だけを探知できるセンサーがいる。使うのはレーダーだから、受信した反射波を対象とするシグナル処理技術が問われるところだ。
だから、開発も大変だが、それ以上にテストが大変なことになるのは自明の理。さまざまな条件下で実際にシステムを作動させてみて、能書き通りに迎え撃てるかどうかを検証して、ダメならハードウェアやソフトウェアを改良しなければならない。
だから、口でいうのは簡単だが実際に開発してモノにするのは難しく、アクティブ自衛システムの製品化事例は案外と少ない。