前回は戦車の行進間射撃を取り上げたが、走っていても止まっていても、精確に狙いをつけて一発で命中させたいことに変わりはない。ボヤボヤしていると自分が返り討ちに遭う。では、どうすれば「初弾命中」の可能性を高められるのだろうか。
弾は真っすぐに飛ばない
まずは、シンプルに考えてみよう。戦車砲でもライフルでもピストルでもいいが、何かを撃って命中させようと思ったらどうするか。もちろん、弾は基本的には砲身(または銃身)が向いている方に向けて飛んでいくから、ターゲットに向けて砲身や銃身をセットして引き金を引けばよろしい。
……と、それで済めば話は簡単だが、そうはいかない。理由はいろいろあるが、わかりやすいものをいくつかピックアップして説明していこう。
まず、弾にもそれ自身の重さがあるのだから、飛翔中の弾は引力によって少しずつ落下する。だから、射距離が長くなればなるほど、弾は狙った位置よりも下に着弾する。
次に、風の影響がある。無風なら弾は真っすぐ飛ぶが、横風が吹いていたら、弾は当然ながら風下に向けて流される。これも、射距離が長いほど影響が大きく出る。
そして、砲身や銃身は使い続けると少しずつ内側が摩耗していくから、これも命中精度に影響する可能性がある。事前に実射テストを実施して射表を作っておけば、「○○発撃つと、内側が△△ミリメートルぐらい摩耗して、弾道が××ミルぐらいずれる」というデータがとれるかもしれない。
ところで、いきなり「ミル」という単語が出てきたが、これは砲術の世界でよく出てくる業界用語で、「1000メートル先で着弾点が何メートルぐらいそれるか」という意味で使われる。1000メートル先で1メートルそれた時、狙った位置に延びる線と実際に命中した位置に延びる線がなす角度が1ミルである。
このほか、弾を撃ち出す火薬(装薬)の温度によって弾速が変動する。弾速が遅くなれば、弾速が速い場合と比較すると弾道の自然落下傾向が強く出るだろう。
それる分は計算して補正
さて。ここまで述べてきたように、弾が真っすぐ飛んでくれない要因がいろいろあるのなら、それを最初から取り込んで狙いを補正すれば、命中する可能性を高くできるはずだ。
例えば、射距離が長くなると弾が落下するのであれば、本来命中させたい場所よりも少し上を狙うようにする。また、その補正量を射距離に応じて変えればよい、という理屈になる。横風も同様で、風の向きや強さに応じて補正量を決めて、その分だけ風上側に狙いをずらす。弾道は風下側に向けてそれるからだ。
射距離を正確に知るにはどうするか。シンプルな光学照準器だと目盛りが描いてあって、それを使う。そこで出てくるのが例の「ミル」だ。例えば、目盛りひとつが1ミルなら、1メートルの大きさの物体が照準器の中で1目盛り分の大きさだった時に、距離は1000メートルということになる。
ただ、この方法で正確に距離を知るには、比較対照にする物体のサイズがわかっていないといけない。戦車だけでも大きさはいろいろあるのだから、そこで判断を間違えれば射距離も読み間違える。
それでは具合が悪いということで、艦砲射撃で使うのと似た光学測遠機を使う戦車が出てきた。砲塔の左右を横切るように光学系を配置して、接眼部を覗いてダイヤルを操作する。この種の測遠機を使っている戦車は、砲塔上部の左右に光学系の窓が突き出ていることが多いので、見ると一目でわかる。
マニュアルフォーカスの一眼レフカメラでスプリット・プリズムを使っているものがあるが、それと似たところがありそうだ。と書いたが、よくよく考えたらカメラでも「レンジファインダーカメラ」というのがある。何のことはない、レンジファインダーとは測遠機のことだ(ちなみに、艦砲射撃の世界では測遠機ではなく測距儀という)。
ともあれ、メカニカルな方法しかない時代には、そうやっていろいろな工夫をしていた。ところが当節では、本連載の第20回で取り上げたことがある、レーザー測遠機が主役だ。これなら目標を照準器で捕捉してボタンを押すだけで、迅速かつ精確に距離を測ってくれる。発振したレーザー・パルスが戻ってくるまでの時間を測れば距離がわかる。
その距離のデータ、さらに気温や風向・風速など、弾道に影響するパラメータを可能な限り集めて、射撃管制コンピュータに算入する。そして砲を指向すべき向きを決めたら、それに合わせて砲身を動かす。
前回、砲安定装置を取り上げたが、砲安定装置があるということは、砲身の向きを微調整するメカがあるということだ。だから、そのメカを使って砲身の向きを射撃管制コンピュータから指示してやれば、狙いをつける作業が楽になると思われる。
なお、相手が静止している場合はまだしも、走っていると照準が難しくなる。撃った弾が着弾する時は、相手はもう狙いをつけた時の位置にはいないからだ。
仮に走行速度を30km/hとすると、秒速は8.33m。射距離を1000mとした場合、撃った弾が砲口初速1500m/sを維持して飛び続けると、その距離を飛翔するには0.67秒かかる。その間に目標は5.6mぐらい移動していることになる。戦車の車体1つ分ぐらいの距離は移動してしまっている計算になるから、ハズレ弾になる可能性は高い。
したがって、目標の移動速度と移動方向を読み取って、射距離と弾速を考慮に入れた上で少し前方に狙いをつけてやる必要がある。自車が動いている時は、その自車の動きも計算に入れないといけないので、さらにややこしいことになる。
同じFCSでも訳語が違う
そういう面倒な計算をコンピュータ仕掛けでやれるようにして、砲手は単に照準器で目標を狙い続けた上で引き金を引けばよい、というようにできれば理想的だ。それを実現する仕掛けのことをFCS(Fire Control System)という。
FCSというのはなにもAFVの砲術に限って用いられるものではないので、戦闘機でも艦艇でも搭載している。ただし、どういうわけか訳語が違っていて、海・空では「射撃管制システム」と呼ぶのが一般的だが、陸では「射撃統制システム」と呼ぶのが一般的だ。なんでこんなことになったのかは知らないが、面倒な話である。
もっとも、砲手にしてみれば訳語が何だろうが些末な話で、取り扱いが簡単で信頼できて、そしてもちろん命中率がいい射撃統制システムが欲しいところだろう。理想は一発必中、その一発が誤射やハズレ弾では困るのだ。