飛行機に限らず、何でも「最後は実際に作って動かしてみないとわからない」ものではあるが、昔みたいに「とりあえず作って試してみよう」とはいかない御時世になってきた。高度化・ハイテク化のせいもあり、「とりあえず作る」には手間と費用がかかってしまうし、結果としてリスクも増えるからだ。

シミュレーションが不可欠

だから、実物を作る前にコンピュータ・シミュレーションでさまざまな設計案を試してみるやり方が一般的になった。例えば、空力関連の試験であれば、さまざまな形態について数値流体力学(CFD:Computational Fluid Dynamics)に基づくコンピュータ解析にかけてみて、見込みがありそうな案と見込みがなさそうな案をふるい分ける。

これは航空機に限らず、空力が絡むものなら頻繁に用いられる手法である。例えば、F1などのレーシングカーがそうだし、新幹線電車もそうだ。CFDによる解析で「あたり」をつけて、見込みがありそうな案を絞り込んだ上で、模型を作って風洞試験にかけたり、実物を作って試してみたりという流れになる。

わかりやすいところで空力とCFDの話を書いたが、他の分野でも事情は同じだ。そしてコンピュータを利用するシミュレーションの技術やノウハウが発達したことから、さまざまな分野でコンピュータ・シミュレーションを用いるようになった。

日本における先進技術実証機がらみの研究開発も、御多分に漏れない。防衛省の技術研究本部(現在は防衛装備庁に統合された)が毎年、11月ごろに「防衛技術シンポジウム」というイベントを開いているが、そこで「次世代戦闘機のデジタル・モックアップ(DMU)」の話が出てきたことがある。

次世代戦闘機とDMU

モックアップというと普通、飛行機やクルマや鉄道車両を設計する過程で検証のために制作する「実大模型」のことを指す。操作性や視界といった要素は、実際に実物大のモノを作って、そこに人が入って確認してみるのが確実なのだ。整備性の良しあしを検証するような場面でも、実大模型が役に立つ。

ところが、防衛省がやっている「次世代戦闘機のDMU」は、同じ「モックアップ」でも、「実大模型」とは意味合いを異にするし、そもそもカタチのある現物は存在しない。実は、「コンピュータ・シミュレーションのためのモデル」というべきものである。

つまり、さまざまな形態の「想定次世代戦闘機」をモデル化してコンピュータ上で構築した上で、それをコンピュータ内の仮想空間で「飛ばして」みたり「戦わせて」みたりするわけだ。もちろん、コンピュータ内部での計算処理で実現する世界の話だから、実際に飛行機が飛んだり実弾が飛び交ったりするわけではない。

ただ、コンピュータ・シミュレーションがどこまで信頼できるか、頼りになるかは、シミュレーション・プログラムの出来と、そこに放り込む「数値化したモデル」の出来の良しあしに左右される。シミュレーションが実情に即していなかったり、数値化したモデルが実物を正しく反映していなかったりすれば、当然ながらシミュレーションの結果はアテにならない。

「防衛技術シンポジウム」のプレゼンテーションでは「昨年に試したDMUはこれ、今年に試したDMUはこれ」といった調子で、ちゃんと飛行機の形をした物体のコンピュータ・グラフィックを見せていたが、実際にそういう形をしたものを作ってコンピュータに放り込んだわけではないと思われる。空力関連のシミュレーションを行ったり、機内空間の取り合いを検討したりしているわけではないからだ。

将来戦闘機機体構想の研究の経緯 資料:防衛省

平成24年度までの成果などを踏まえて作成した25DMU 資料:防衛省

重要なのは、機体の想定形態や想定性能、想定兵装搭載量、想定兵装搭載位置などといった情報を数値化してモデルを作り、コンピュータに放り込むこと。その、さまざまな想定可変要素を数値化する前段階として、プレゼンテーションで示したような「飛行機のポンチ画」が出てくる、という流れになるのだろう。どういう諸元を持ち、どういう形態を持つ飛行機なのかが定まらなければ、数値化もなにもあったものではないからだ。

シミュレーションそのものの良しあし

ただ、先にも少し触れたように、数値化したモデルだけでなく、それを使って実際にシミュレーションを行うプログラムの良しあしも問題である。過去に実機を飛ばしたり実戦(本物の戦争でなくても、空戦訓練のような状況でもよいが)を経験したりして得た知見を、シミュレーション・プログラムに反映させなければならない。

もちろん、作成したシミュレーション・プログラムで出した結果と、現物を使って飛ばしたり交戦したりしたときの結果を比較して、シミュレーション・プログラムの妥当性を検証するプロセスも必要になる。

近年、この業界ではモデリングやシミュレーションは必要不可欠のものとして重視されているが、ただ存在すればよいというものではない。モデルもシミュレーションも、本物を正しく反映していなければならない。だから、精度の高いシミュレーション・プログラムを作るのは簡単ではないと思われる。

また、数値化・数式化しやすい要素と、それがしづらい要素がある点も考慮する必要がある。例えば、飛行機の性能に関わる話は数値化や数式化をしやすい部類に属するだろうが、「交戦中の敵パイロットが、ひらめき、あるいはヤケッパチでセオリーから外れた行動に出る」なんていう話は数値化も数式化もしづらい。

一応、この業界にも「こういう場面ではこういう対応をする」という基本原則のようなものはあるので、それに立脚して「敵の可能行動」を予測したり、シミュレーション・プログラムに取り込んだりすることは可能だ。しかし実戦の場では時として、基本原則から逸脱した事態が起きる。それにどこまで対処するかが、シミュレーションの課題なのかもしれない。