飛行機で「早期警戒機」と言えば、対空捜索レーダーを搭載した「空飛ぶレーダーサイト」のことである。ところが軍事衛星の世界で「早期警戒衛星」というと、対象もセンサーも違う。

早期警戒衛星のお仕事

軍用の早期警戒衛星は、弾道ミサイルの発射を探知するのが仕事である(おっと、民間用はないから「軍用の」は不要か)。そして、探知手段としては赤外線センサーを使用する。発射を探知したら、即座に本国の指揮所に警告を発する。

なにしろ、大陸間弾道弾(ICBM : Intercontinental Ballatic Missile)は飛翔速度が速いから、発射を探知したらすぐに警告を発しないと、迎撃手段を講じることも、大統領を初めとする国家首脳を緊急避難させることもできない。

弾道ミサイルを発射すれば、ミサイルのロケット・モーターから噴射される排気ガスから大量の赤外線が放射されるので、それを探知することでミサイルの発射を探知できる。特にICBMの場合、固定式サイロなら事前に位置はわかっているから、目を光らせておくのは比較的難しくなさそうだ。

ただし、車載式や鉄道輸送式の移動式ICBM、あるいは海中に潜んでいる潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM : Submarine Launched Ballistic Missile)だと、どこから撃ち出されるかわからない。だから結局のところ、特定の場所だけピンポイントで見張るのではなく、広い範囲をカバーできるようにしておかなければならない。

そこで早期警戒衛星は静止衛星として、全世界をカバーするには少なくとも3基を打ち上げておく必要がある。継続的に決まった範囲を見張るのであれば、周回衛星より静止衛星のほうが具合がよい。

ところが、通信衛星の項でも述べたように、静止衛星は北極や南極をカバーしづらいという難点がある。衛星は赤道の上空にいて、地球は球体だから、必然的にそういうことになる。

そこで米軍では、DSP(Defense Support Program)の後継機として開発・配備を進めている「新型早期警戒衛星・SBIRS(Space Based Infrared System)」について、静止衛星と周回衛星の2本立てにした。静止衛星は「SBIRS-GEO(SBIRS Geosynchronous Earth Orbit)」、周回衛星は「SBIRS-HEO(SBIRS Highly Elliptical Orbit)」といい、その名の通り、後者は高楕円軌道を周回することで極地をカバーしている。

SBIRS-GEO早期警戒衛星 写真:USAF

実のところ、北極や南極にはICBMサイロも移動式ICBMもないが、ロシアのミサイル原潜は比較的北極に近い海域を行動範囲としているし、極地までしっかりカバーしようとすれば、GEOに加えてHEOもあるほうが望ましい。

ちなみに、早期警戒衛星が弾道ミサイルの発射を探知した後でアメリカの軍と政府がどういう対応行動をとるかについて述べた場面が、トム・クランシーの小説『大戦勃発』の第4巻に出てくる。

平時にも仕事がある早期警戒衛星

これだけ見ると、早期警戒衛星が必要になるのはICBMやSLBMが飛び交う世界終末核戦争の場面ぐらいかと思われそうだが、実はそういうわけでもない。

例えば、北朝鮮やイランやインドやパキスタンが弾道ミサイルの試射(衛星打ち上げという名の事実上のミサイル発射、も含む)を行った場合、それも早期警戒衛星による監視の対象になり得る。

普通、試射を行う際には事前に周辺諸国などに通告して、航空機や艦船が試験空域/試験海域に立ち入らないようにするものだから、その時点で発射の有無はわかる。ただし、必ずそうなるという保障はないから、やはり監視手段は欲しい。

開発中のものだけでなく、配備済みのICBMやSLBMについて信頼性を検証する目的で、定期的に試射を実施することもある。新型のミサイルを開発するための試射も、もちろんある。これらも「試射だから放置しておいて良い」とはならず、情報収集の観点からいって監視しておくに越したことはない。

ミサイルの区別という問題

試射の場合には事前通告があるのが普通だから、「試射」と「本番」の区別はつくはずである。逆に言えば、何の予告も通告もなしにいきなり弾道ミサイルを発射したら、それを探知した側は警戒態勢を一挙に引き上げることになるのは当然だ。その後の反応次第では世界終末戦争の引き金を引くことにもなりかねないので、面倒な話となる。

だから「試射」と「本番」の区別は重要なのだが、それとは別の区別もある。弾道ミサイルによっては核弾頭と通常弾頭のどちらでも装備できるようになっているものがあり、それは着弾してみないと、どちらが搭載されているのかわからない。

アメリカで以前、トライデントSLBMの高い命中精度を生かして、通常弾頭装備の長距離攻撃手段にしてはどうかという話が出たことがある。トライデントの命中精度からすれば、1つの建物を狙い撃ちするのは難しくても、そこそこの広さがある施設に当てることぐらいはできそうだ。

ところが、発射を探知した側から見ると、核弾頭装備のトライデントも通常弾頭装備のトライデントも、ロケット・モーターの部分は同じだから区別がつかない。ミサイルによってそれぞれ異なる赤外線放射特性のデータを収集・蓄積しておけば、発射されたミサイルの種類は分かる。しかし、同じミサイルで弾頭の種類が違うと、弾頭の区別はつかない。

だから、通常弾頭付きのトライデントでも、それを核弾頭装備だと思って対応行動をとられてしまうと、これもまた世界終末戦争の引き金を引くことになりかねない。そんなリスクが指摘されたせいもあり、通常弾頭型トライデントの話は沙汰やみになった。

しかし裏を返せば、ミサイルの機種の区別がつくぐらいの探知・識別能力が現実のものになっているということでもある。