よくよく考えてみたら、現代の軍事作戦において欠かすことができないアイテムである人工衛星の話を、まだちゃんと取り上げていなかった。あまり立ち入った話になっても本連載の趣旨に合わないから、入門的な話を中心に書いてみよう。
軌道の違い
人工衛星とは何か、という話までは説明しなくても良いだろうが、一言で人工衛星と言ってもいろいろな種類がある。特に、軌道の違いは重要である。用途に合わせて適切な軌道を選択する必要があるからだ。そして、使用する軌道の違いは、打ち上げの適地や打ち上げの手順、実現可能な機能といったところに影響する。
人工衛星を大雑把に分類すると、静止衛星と周回衛星に分かれる。
ただし、静止衛星といっても実際には動いているのだが、赤道上空・約3万6000km程度のところにいて、地球の自転と同じ周期で動いているので、地上からは静止して常に同じ場所にいるように見える。ということで静止衛星、もしくはGEO(Geo-Stationary Earth Orbit)ともいう。
だから、常に同じ場所にいてくれないと困る用途の衛星は静止衛星になる。軌道位置は東経あるいは西経で何度になるか、という形で示す。衛星の数が増えてきたので赤道上の軌道は混み合っており、軌道位置の奪い合いになっても不思議はなさそうだ。
通信衛星には静止衛星が多い(周回衛星もある)。BS放送やCS放送を受信する時は、パラボラ・アンテナを特定の向きにセットすれば受信可能になるが、これは衛星が静止衛星だからだ。周回軌道をグルグル回っていたら、ビームをよほど太くするか、アンテナが常に衛星を追尾するようにしないと受信できなくなる。
赤道上空で高度が高いことから、静止衛星には独特の課題がついて回る。まず通信の遅延がある。衛星生中継の番組を見ているとわかる(こともある)が、現場から送信した音声や映像が視聴者のところに届くまでに、若干のタイムラグが生じる。
電波の速度は秒速30万kmだから、赤道上の地上から高度3万6000kmの衛星まで電波が到達するには0.12秒かかる。往復で0.24秒、衛星が搭載する中継器(トランスポンダー)でも若干の遅延が加わるだろうか。ともあれ、コンマ何秒かの遅れは確実に発生する。
だから、衛星通信を介して地球の裏側を飛んでいるUAVを遠隔管制しようとすると、慣れないうちは、このタイムラグによる違和感があるそうだ。それは、操縦操作を行ってから、少し間を置かないと実際に機体が動かないからだ。
ちなみに、弾道ミサイルの発射を探知する早期警戒衛星も静止衛星にすることが多い。地球は球体だから、1つの衛星で全世界をカバーするわけにはいかず、最低3基の衛星が必要になる。
静止衛星以外の分類としては、周回衛星がある。読んで字のごとく、地球の周囲をグルグル回っているもので、高度の違いから、LEO(Low Earth Orbit, 高度2,000km以下)、MEO(Medium Earth Orbit, 高度2,000-35,786km)に分けられる。このほか、数は多くないがHEO(Highly Elliptical Orbit、高度は35,786kmより高い)もある。
周回衛星には、高度の違い以外にも、実に細かな分類があるが、そのすべてを述べる仕事は衛星の専門家にお任せするとして。軍事という観点からすると、軌道の選択は用途の選択に影響するという話が大事だ。
例えば、偵察衛星なら軌道高度はあまり高くないほうがいい。高度が高くなるほど被写体が遠くなり、映像の品質に影響する。だから、偵察衛星はLEOにするものである。
赤道上にいる静止衛星では北極や南極をカバーしづらい。これは通信衛星で問題になりやすいポイントだが、HEOなら大丈夫だ。米軍が配備を進めている新型弾道ミサイル早期警戒衛星・SBIRS(Space Based Infrared System)では、GEOとHEOの2本立てにすることで、監視範囲に穴が空かないようにしている。
衛星とバス
人工衛星のサイズや重量は実に多種多様で、数kgあるいは数十kg程度の小型のものから、5トンほどの大型のものまである。もちろん、大型の衛星を打ち上げるには大型のロケットが要る。逆に、小型の衛星なら1つのロケットに複数台を積み込んでおいて、まとめて打ち上げることもできる。こうすると、衛星1基当たりの打ち上げにかかる経費が安くなる。
国家が威信を賭けて宇宙探査を行っていた時代と違い、すっかり商業化が進んでいる昨今の業界では、人工衛星の製作もできるだけ安価かつ効率的に行いたい。ということで、「バス」と「ペイロード」を分ける形が多くなった。
バスとは衛星のドンガラである。つまり「匡体」の部分に加えて、電源や軌道修正用のロケット・モーターなど、衛星として機能するために必要なプラットフォームの部分を指している。衛星の規模が違えばバスも違ってくるのは当然である。大抵の大手衛星メーカーは、それぞれ自前のバスを持っている。
ペイロードとは衛星のアンコである。通信衛星ならトランスポンダー(中継器)、写真偵察衛星ならカメラ、レーダー偵察衛星ならレーダー機器一式、航法衛星なら原子時計や送信機などといった具合に、用途に応じて内容が変わる。多くの場合、バスとは別のメーカーが手掛けている。
例えば、通信事業者のA社が新しい通信衛星を配備したいと考えた場合、B社のバスにC社のペイロードを組み合わせてD社のロケットで打ち上げる、といった図式になるわけだ。国が保有・運用する軍事衛星でも考え方は変わらない。
だから、民間向けの、例えばBS放送に使用する衛星と軍用の通信衛星が同じメーカーの同じバスを使っていて、ペイロードだけ違う、ということも起こり得る。それどころか、通信衛星の場合は機能的な違いは少ないから、軍が民生用の通信衛星を借りたり、買い上げたりして使っていることもある。