横須賀に配備されたばかりのアーレイ・バーク級イージス駆逐艦「ベンフォールド」(DDG-65)を取材で訪れた際、艦橋も見せていただいた。ここでもシステムが新しくなっており、竣工時のままというわけではない。そこで今回は、艦橋の最新情報をお届けしよう。
操舵手のステーションを新型化
最近はそうでもなくなってきたが、フネの操縦はクルマの運転と違うところがある。艦橋に操舵手がいて舵を操作するのはクルマのハンドル操作と同じだが、速力は艦橋から主機を直接制御するのではなく、出すべき速力だけを指示する。それを受けて、第111回で書いた機関操縦室が機関を操作する。これが一般的なやり方だった。
これはおそらく、艦橋から直接、出力の増減を指示できないような種類の主機が主流だったためだろうと思われる。例えば、蒸気タービン主機であれば、ボイラーで発生させた水蒸気をタービンに送り込んで動かすが、速力を変えるには、その蒸気の量を加減しなければならない。それを艦橋から直接操作するのは、機構的に難しい。
しかし、ディーゼルやガスタービンであれば、艦橋からの直接制御も理屈のうえでは可能だし、実際、そういう方法をとるフネは増えてきている。しかし、ディーゼル主機やガスタービン主機を使っていても、艦橋と機関操縦室が分かれているフネもある。
おそらく、フネによって扱いが違うと面倒だし、要員の養成にも支障を来すということで、やり方をそろえたのではないか。それまで舵だけを扱っていたのが、別のフネに転属になった途端に「舵と機関の両方を扱え」と言われても困るだろう。
前置きが長くなったが、「ベンフォールド」の艦橋には操舵手用のステーションがあり、舵輪が取り付けられている。ただしそのステーションが、ノースロップ・グラマン社製の新型コンソールに変わった。舵輪は昔と同様に付いているが、その前に付いていたアナログ計器やスイッチは姿を消して、タッチスクリーン式液晶ディスプレイ×2面に置き換わった。針路表示も舵角表示も速力指示も、みんなそれを使う。
ただし表示はアナログで、昔ながらの機器の表示をトレースしているところが多い。針路が数字でデジタル表示されるだけ、ということはないのだが、その理由は第111回で述べたとおりである。
電子海図
艦橋の右寄りには海図台があるが、普段、「ベンフォールド」では紙の海図は使わないそうである。代わりに、画面に表示する電子海図を使う。艦の位置が変われば、それに合わせて電子海図の画面に表示する範囲も移動していく。紙の海図はエリアごとに別々だから、フネが移動したら海図を取り換えていかなければならない。だから電子海図のほうが楽だ。
また、紙の海図でも電子海図でも得られる基本的な情報は同じだろうが、電子海図のほうが更新は楽になる。印刷物の山を持ち込む代わりに、データを書き替えれば済むからだ。その代わり、そのデータが間違っていると、えらいことになる。
2013年にフィリピン近くのスールー海で米海軍の対機雷艦「ガーディアン」(MCM-5)がリーフに乗り上げて座礁する事故があった。事故の後で米海軍が国防地理空間情報局(NGA : National Geospatial-Intelligence Agency)と組んで調査に乗り出した結果、「座礁の原因は、電子海図の間違いに起因する位置の見間違い」との結論が出た。
もちろん、ちゃんと作成時のチェックはしていたはずだが、スールー海の問題の場所と、確かもう1カ所だけ、間違いがあった由。そのうち片方を踏んでしまったのだから、なんとも運の悪い話だ。
ちなみに「ガーディアン」はどうなったかというと、離礁は困難ということで現地で解体されてしまった。電子海図のミスが原因でフネを一隻失ったのだから、海図のデータ1つとってもあたらおろそかにできないということがわかる。
そんなこともあるから、電子化システムを導入しても、昔ながらの仕組みも残しておいて、いざという時に引っ張り出せるようにするほうがよい。実際、「ベンフォールド」でも艦橋から海図台が姿を消したわけではないし、おそらく、紙の海図もどこかにちゃんと保管されているのだろう。そもそも、紙の海図は故障しないし、停電しても使える。
六分儀の復活
そう言えば、「ベンフォールド」の話とは関係ないが、米海軍士官学校では15年ぶりに、六分儀を使った天測の講義を再開したと報じられた。
今ならGPS(Global Positioning System)や慣性航法装置(INS : Inertial Navigation System)といった航法機材が充実しているから、現在位置は緯度・経度の小数点以下2桁のオーダーでわかる。いちいち六分儀で星の位置を測ってチャートと照合しなくても済むわけだ。
しかし、機械は故障する可能性があるし、GPSは妨害される可能性もある。サイバー攻撃の可能性も考えなければならない。ということで、士官学校に先立ち、すでに2011年から航海士向けの訓練を復活させていた。今後は海軍全体で天測の訓練を再開する方向だと伝えられている。
ちなみに海上自衛隊はどうかというと、未来の幹部が遠洋航海に出た時は、しっかり天測の実地訓練もやっているそうである。天測の初心者は往々にして位置を出し間違えることが多く、例えば「艦位をアフリカ大陸のド真ん中」にしてしまうような "天文学的間違い" をするものらしいので、ちゃんと訓練して実地経験を積むことは重要だ。
余談だが、メリーランド州アナポリスのUSNA(US Naval Academy)は兵科士官だけ養成しているわけではないので、帝国海軍に合わせて「海軍兵学校」と訳すと厳密には間違いだ。「海軍士官学校」と言うべきだろう。