「その他の電子戦」が出てきたので「これで終わり」かというと、さにあらず。これまで航空機の話が主体になっていたが、もうひとつ、艦艇の電子戦装備の話があったことに気付いたので、さらに電子戦というテーマで引っ張ってみる。

艦艇と航空機の違い

航空機の場合、電子戦装備を必要とするのは主として、敵の防空システム(対空砲や地対空ミサイル)から身を護るためである。では艦艇はどうかというと、敵の航空機や対艦ミサイルが主たる脅威になる。

ただしそれだけではなくて、情報収集の機能も兼ねていることが多いのが航空機と違うところだ。航空機の場合、ELINT(Electronic Intelligence)・COMINT(Communication Intelligence)・SIGINT(Signal Intelligence) といった情報収集機能を実現する際には、しかるべき機材を搭載した専用の機体を使うのが普通だが、艦艇の世界では、よほどのことがなければ専用の情報収集艦は造らない。

戦闘機なら敵のレーダー、なかんずく射撃管制レーダー(ミサイル誘導レーダーを含む)に探知されたことを知らせるためにレーダー警報受信機(RWR : Radar Warning Receiver)を搭載している。艦艇にもレーダー電波の逆探知機能はあるが、捜索レーダーから射撃管制レーダーまで、広範な種類のレーダーを対象にしている。

そのため、対応すべき周波数帯の幅が広いし、脅威ライブラリの内容もそれだけ充実させる必要がある。そして前述したように、警報を出すだけではなくて、情報収集の機能も兼ねることが多い。

そのことと関係があるのか、艦艇ではRWRとはいわず、ESM(Electronic Support Measures)と呼ぶことが多い。通信傍受用の機材を持つ艦だと、特に区分してCESM(Communications ESM)と呼ぶこともある。

もちろん、よほど小型の艦でなければ、妨害用のECM(Electronic Countermeasures)装置や、贋目標を作り出すためのチャフ発射機といった機材も搭載している。ただし対艦ミサイルの中には赤外線誘導のものもあるから、赤外線を発する"おとり"を投射する機材を備えた艦もある。

以下に、海上自衛隊の護衛艦「ひゅうが」のマストを示す。限られたスペースに、通信用のアンテナ、電子戦関連機器、レーダー、灯火、さらには旗旒信号用の道具立てまで取り付いているので複雑なことこの上ない。

護衛艦「ひゅうが」のマスト。一番下にある大小2種類の白い四角いアンテナは、大きい方がFCS-3レーダーの捜索用アンテナ、小さい方がミサイル誘導レーダー。その上の左右にECM装置があり、上に伸びたマストにはESM・対水上レーダー・通信関連・IFFなどのアンテナ群が取り付く

電子戦関連の機材は、基本的に左右両舷に向けて取り付けられている。ECM装置は艦橋構造物直上、ESM装置はそれより5段上のフラットに、それぞれ左右向きに取り付けてある。

それとは別に全周対応の無指向性ESM装置がある。指向性ESMのアンテナよりもさらに上、円形の敵味方識別装置(IFF : Identification Friend or Foe)アンテナの上に取り付いている円筒形のアンテナがそれだ。

なぜ前後方向ではなく左右両舷に向けるのかといえば、艦艇が大きな面積をさらしているのは両側面に対してであり、前後方向から見たときのシルエットは相対的に小さい(それだけ見つかりにくい)という理由があるからだろう。もちろん、ECMにしろESMにしろ全周をカバーできる設計になっているが、脅威の度合が高いのは横方向だ。

潜水艦にも電子戦装置

海中では電波は基本的に透過しないのだが、潜水艦にも電波関連の機器はある。さすがにECMはないが(ミサイルが飛んできたら潜ってしまえばよいのだから)、ESMやレーダーは備えている。

ただし、レーダーは伸縮式マストになっているので、普段は収納されていて見えない。必要なときだけ突き出して作動させるが、レーダーを作動させれば電波を逆探知されて存在を暴露してしまうので、これを使うのは「最後の手段」といえよう。

一方、ESMの方は潜望鏡とワンセットになっている。潜望鏡を突き出して周囲の状況を観測するときに、併せてレーダー電波の発信源がいないかどうかを突き止めるという図式である。敵艦を捜索したり、これから浮上しようとしたりする場面で、脅威になるものがいないかどうかを知るには、この両者をワンセットにしておくと都合がよろしい。

そういう運用面の都合だけでなく、もちろんワンセットにする方が場所をとらないという理由もあるだろう。なにしろ潜水艦の艦内は場所がない。ただし、必要性があればESMマストを独立して設けることもあり得る。

水上艦が(仮想)敵国の近所に出掛けていって情報収集をやろうとすると、なにしろ水上に浮かんでいるのだから存在は丸見えである。その点、潜水艦なら潜航してマストだけ突き出しておけばよいので、その分だけ隠密性は高い。いうまでもなく、できるだけ音を立てないようにして隠密性を高める。

もっとも、情報収集の対象になる側もそのことは承知の上だから、潜水艦が情報収集に来ていそうだとなったら捜索に血道を上げるし、もしも見つければ狩り立てる。すでに戦争中の国の艦が相手なら撃沈しようとするだろうが、そうでなければどうするか。

たとえば、警告用に(距離を置いて)爆雷を投下したり、ソナーで音波を浴びせたり、複数の水上艦で周囲を取り囲んで雪隠詰めにしたりといった具合だ。

相手が原潜だと雪隠詰めの効果は薄いが、充電のためにときどき浮上してディーゼル・エンジンで充電しなければならない通常潜だと困ったことになる。冷戦期にソ連の近海で情報収集の任務に就いていたら、見つけられて散々な目に遭った米海軍の通常潜がいたという。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。