今回から、新しいテーマ・電子戦(EW : Electronic Warfare)を取り上げてみることにしよう。第二次世界大戦で初めて登場した、比較的、歴史の浅い分野である。しかし、情報通信技術との関わりは深い。
電子戦とは何をするものか
ただ、一般にはあまり馴染みのない言葉だから、まずは「電子戦とはなんぞや」という話から始めてみようと思う。「電子を用いる戦いである」と書くだけでは不親切きわまりない。
電子戦という新ジャンルが登場した背景には、エレクトロニクスが関わる装備品が登場したことがある。具体的にいうと、通信機器とレーダーが双璧である。通信機器は情報や指令をやりとりするために不可欠の要素であり、レーダーは主として航空機を探知するために不可欠の要素である。
不可欠の要素であり、それを活用することで戦闘任務を有利に遂行できる。ということは、それを敵対勢力の側から見ると、通信機器やレーダーを無力化することで作戦行動を有利に進められる可能性につながる。だから、敵対勢力の通信機器やレーダーを無力化する手段として電子戦という概念が登場したわけだ。
第二次世界大戦のときにはすでに、特にヨーロッパにおいて、互いに敵のレーダーを妨害し合う熾烈な電子戦が展開されていた。イギリスとドイツの空軍が互いに、相手国の都市に対して夜間爆撃を仕掛けるようになった事情が大きい。
闇夜の中を爆撃機が飛来するとなると、それを阻止しようとする防空側としては、爆撃機の飛来を探知したり、迎撃を担当する夜間戦闘機を接敵させたりする手段としてレーダーを活用する必要性に迫られる。また、地上のレーダー施設から夜間戦闘機を管制するためには無線機も必要である。
すると爆撃する側は、自軍の被害を減らそうとして、敵のレーダーや通信を妨害するという図式になる。かくして、ヨーロッパの夜空は電子戦の舞台となった。現代の電子戦でも用いられている手法の多くは、すでにこの時代に萌芽がある。具体的にいうと、こんな内容である。
- レーダー探知を妨げるために妨害電波を出す
- アルミ箔をばらまいて贋目標をこしらえる(現代ではアルミをコーティングした樹脂膜を使うが、考え方は同じ)
- 敵が使用している無線と同じ周波数で偽交信を割り込ませたり、妨害したりする
- 敵のレーダー電波を逆探知して、探知されたことを察知する
ちなみに、二番目の贋目標を作る方法だが、第二次世界大戦中のイギリスでは隠語で「window」、日本では「電探欺瞞紙」と呼んでいた。現在ではチャフ (chaff) と呼ばれている。ただ単に電波を反射する素材をばらまけばよいというものでもなくて、敵のレーダーが使用している電波の波長に合わせた長さにする必要がある。また、重くなると早く落下してしまって贋目標が長持ちしないので、できるだけ軽く作る必要もある。簡単そうに見えて簡単なものではない。
妨害するには情報が要る
では、妨害電波はどうか。妨害するといっても、ただ力任せにやればよいというものではない。
妨害電波を出すなら、周波数は妨害対象に合わせる必要がある。通信に割り込みをかけるなら、周波数だけでなく変調方式も分かっていなければ割り込めない。レーダーに対して贋目標を出すような形で妨害電波を出す方法もあるが、そうなると相手のレーダー受信機が「自分が送信した電波の反射波である」と認識してくれなければ騙せない。
そうした事情があるので、電子戦を仕掛けるには事前の情報収集が重要になる。本連載の第43回で取り上げたELINT(Electronic Intelligence : 電子情報)・COMINT(Communication Intelligence : 通信情報)・SIGINT (Signal Intelligence : 信号情報)のうち、ELINTやCOMINTが大事、という話になる。
だから現代の軍隊では、電子情報収集の手段は必須である。航空機だったり水上艦だったり潜水艦だったり徴用漁船だったりするが、とにかく、仮想敵国のレーダーや通信機器が使用している電波に関する情報を集めて解析しておかなければ、妨害は成り立たない。
実際、日本の近所にロシアや中国の電子情報収集機が出没しては、航空自衛隊の戦闘機にスクランブルをかけられている。逆に、日本やアメリカの電子情報収集機だって、ロシアや中国の近所に出張っている。この辺はお互い様である。
だから、その手の情報収集活動に際して偶発的なアクシデントに発展しないようなルール作り(暗黙のものも含む)が必要なのだが、国によっては、どうもそこのところが「分かっていない」のではないかと懸念を抱かざるを得ない話も散見される。
ちなみに、第二次世界大戦が始まる少し前の話だが、ドイツがイギリスのレーダーに関する情報を盗ろうとして、少しだけ残っていたツェッペリン飛行船を引っ張り出して、所要の受信機などを積み込んで飛ばしたことがある。なぜ飛行船かというと「空中に停止して情報を盗れるから」だったそうだ。
一方、イギリス軍のレーダー施設では、いきなりレーダー画面に巨大なエコーが出現したので、オペレーターが腰を抜かしそうになったそうである。もっとも、たちまち「これは電波情報を盗りに来た飛行船に違いない」と判断したそうというから立派なものだ。
執筆者紹介
井上孝司
IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。