米国各レベルの選挙、特に大統領選挙では、インターネットが政治資金獲得の最も有力なツールとなっている。といっても、多くの日本人には、今一つピンとこないであろう。なぜなら、日本では選挙公示期間中に候補者のホームページの更新はもとより、インターネットを使った献金も禁止されているからだ。
「なりすまし献金」警戒しネット献金を禁止
理由を総務省の選挙管理課に聞くと、「なりすまし献金を防ぐ有効な手段がないから」という返事が返ってきた。
極端なケースを挙げれば、某国諜報機関が、一般市民になりすまして有力政治家に献金。後になって、「実は…」と脅しにかかることもありうる、というのだ。私は、こうした事態を防ぐ手立てはいくらでもあると思う。しかし、この稿で総務省の見解が妥当か否かの判断は避けたい。
知っていただきたいのは、1995年以降の10数年で、米国と日本の選挙技術やそのプロセスが、天と地ほど変わってしまった、という事実である。
一概に「米国が進んでいる」などと言う気はない。だが、どこがどう違っているのか国民が正確な情報を知った上で、判断するべきだろう。何よりも実態を知ってもらうことが大切だ。
オバマ氏の政治資金は「200ドル以下」の献金が半数近く
まず、New York Timesのアドレス http://www.nytimes.com をクリック。左端の欄にある「Politics」→「Election Guide 2008」→「Finances」の順でページを開いてゆく。
各候補の5月末現在の政治資金獲得状況が、一覧できる。例えば、バラク・オバマ氏の集金総額は2億9,550万ドル(約310億円、1ドル=105円で計算)。6月に米民主党の大統領候補予備選で脱落したヒラリー・クリントン氏が2億2,170万ドル(約233億円)。
共和党のマケイン候補が1億2,190万ドル(約128億円)であることが分かる。このデータベースが優れているのは、「どこから資金が来たのか」をビジュアル的に確認できることにある。例えばオバマ氏の名前をクリックすると、右部分に米国全体を表した地図が出てくる。
地図の左上にある「BY LOCATION AND WEEK」のタグをクリックし、資金のサイズを示す円形にカーソルを合わせれば、各地域での献金額が分かる。さらに下部の「PLAY」をクリックすれば、時間軸も入った各地域ごとの献金に関するデータが得られるのだ。
次に、「DETAILS」のタグをクリックしてみよう。
オバマ氏への献金のほぼ全額が個人からのものであること、一人当たりの献金額は200ドル(約2万1,000円)以下が半数近くを占めていることが分かる(米紙によると、オバマ氏への一人当たり平均献金額は67ドル)。
「企業献金や、ワシントンDCに巣食うロビイストの金は受け取らない」と宣言しているオバマ氏らしい資金の集め方だ。
小額献金の積み重ねが"オバマ現象"の「ドラマ」生む
一方、ヒラリー氏の「DETAILS」を見ると、200ドル以下は少数派で、個人献金額の上限である2,300ドル(約24万1,500円)の比率が高いことが分かる。各氏の支持層を分析する上で、有効なデータである。
ちなみに米国民は、大統領選挙の予備選挙と本選挙において、それぞれ上限2,300ドル、計4,600ドル(約50万円)まで税控除で献金できる。
政治資金獲得額でオバマ氏がヒラリー氏を抜いたのは、今年2月、アイオワ州の党員集会とニューハンプシャー州の予備選挙が終わった直後だった。その推移は、「BY LOCATION AND WEEK」でたどることができる。
圧倒的多数の「グラス・ルーツ(草の根)」の人々が、小額献金を積み重ねてクリントン氏に追いつき、追い越すトレンドは、それ自体ドラマだ。同時に、「インターネットによるオンラインマネー」なしに、オバマ氏の選挙キャンペーンは成り立ちえなかったことも一目瞭然である。
最高額50万円で「某国諜報機関」は危険を冒す?
さてオンラインによる献金はどんな手続きでするのか、その手順を以下に説明しよう。
まず「 http://www.barackobama.com/index.php 」から入る。ホームページでは、オバマ氏の近況、スケジュール日程、ボランティア募集などの項目が出てくる。このページの右上に「DONATE NOW」という赤いタグがあるから、これをクリックすると以下の画面に移る。
まず、右上の動画画面で、オバマ氏が「ワシントンのロビイストや企業献金でなく、一般市民であるあなたの献金が必要なのだ」と語るショート・ムービーが流れる。
その後に、空白を埋める手順で、「住所」「氏名」「eメールアドレス」「職業」を記入。献金額は、「15ドル」「25ドル」「50ドル」「100ドル」「250ドル」「1,000ドル」「2,300ドル」「その他の金額」の8つから選択できるようになっている。
さらに、クレジットカードの種類と番号を記入し、「Press Contribution」をクリックすれば終了。極めて簡単だ。注目してほしいのは右下にある「Legal Compliance(法令順守)」の欄。
「米国市民か」「16歳以上か」「他人の名義を語っていないか」「外国のエージェントやロビイストからの資金ではないか」など、7項目の注意事項が書かれている。献金者はこれらを読んだ上で同意し、手順に従って献金する。従って、仮に問題が起きても政治家側の瑕疵(かし)にはならない。第一、最高額50万円程度の金額で、「某国諜報機関」が他人名義を使って陰謀を行う手間と危険を冒すとも思えない。皆さんはどう思われるだろうか?
執筆者プロフィール
河内 孝(かわち たかし)
1944(昭和19)年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。毎日新聞社政治部、ワシントン支局、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て2006年に退社。現在、(株)Office Kawachi代表、国際福祉事業団、全国老人福祉施設協議会理事。著述活動の傍ら、慶應義塾大学メディアコミュニケーション研究所、東京福祉大学で講師を務める。著書に「新聞社 破綻したビジネスモデル(新潮新書)」、「YouTube民主主義(マイコミ新書)」がある。