米国のテレビ放映システムは、全国ネットワーク4社と、地域各局、CATVシンジケートが契約を結び、番組を送受信する形で運営されている。無論、これはあくまで、「主として」であり、これ以外に各局は、CNNや文化教養番組を作るPBS(Public Broadcasting Service、公共放送サービス)など、さまざまなコンテンツ・プロバイダーからの番組提供を受け編成を行っている。
コロンビアビジネススクールのエリ・ノーム教授は、ブロードバンドによるネットワーク環境が完成し、完全に機能し始めると、こうした従来からのシステムが大きく変化するとみる。
ネットワーク局の介在抜きで、視聴者が"編成局長"になる時代に
その理由としてノーム教授は、以下のように指摘している。
「誰でも(どの局、どの企業も)、一切のGate keeper(門番=従来のネットワーク局)による介在抜きで、他の人(他の局、他の企業)とつながり、スイッチを切り替えるように番組(コンテンツ)を送り、また受信することが可能になるからである」
いわば、個人が居間でTVコントローラーを握ってチャンネル間をザッピングしているような状態が、メディア間にも適用され、日常的に行われるようになるというのだ。この状態をノーム教授は、「あなた(視聴者)が編成局長になる」と表現している。
そうした場合のテレビ局の編成作業は一体どういうものなるのか? ちょっとイメージしにくいところもある。
それを概念図で示せば、総務省が通信・放送法制の見直しに関して検討している下図のような状態に似ているのではないだろうか。
この図が想定する近未来のメディア・コンテンツの流通形態は、ノーム教授の言う、「誰もがあらゆるメディア・コンテンツにアクセスできる状態」に近い。
これはコンテンツの送信サイドが、「Users' agents」になることを意味する。その後は、各種のデータを分類、カテゴライズ、提供する専門ビジネスとしての、「メディア・インテグレーターが生まれる」というのがノーム教授の見方だ。
オーダー・メイドの専用チャンネルにより「一対多」時代が終焉
ローカル局、ひいては個人ユーザ-も、ネットワーク局の介在なしにコンテンツを選べ、プログラミングすらできる状態とはどういう状態だろうか?
それは、単にチャンネル数が100になるとか、500に増えるといった量的変化の世界ではない。個人がオーダー・メイドの専用チャンネルを持ちうるという意味で、「一対多」という時代が終焉を告げるのだ。
「このような時代においては、一部の学者、識者が警鐘を鳴らしている、いわゆる寡占化したメディア・コングロマリットによる『メディア支配』や『言論の自由への弊害』は、実際には起こりにくいのではないか」というのがノーム教授の見方だ。
「開放的な競争条件の中で、メディア・コングロマリット(持ち株会社)内のさまざまなセクションが、独自に最適なビジネスモデルを追及する。当然、親会社とは敵対的関係にある他のコングロマリット内のセクションとも、業務提携や合併などを進めていかざるをえない。長い目で見ると、すべてのメディアを包含する現在のメディア・コングロマリットは、ビジネスとしてうまく機能するとは思えない」
インフラとコンテンツを束ねる「垂直統合型モデル」
無論、この見方には反論も多い。しかし誤解してはならないのは、ノーム教授が、「単純な自由放任主義」に立つ規制撤廃論者ではない点だ。
ノーム教授は、「メディア配信ビジネスにおいては、今後とも少なくとも二つの分野で、FCC(連邦通信委員会)や公正取引委員会など、公権力による規制、監視が必要」とみている。
第一の分野とは、前回も指摘したように、コンテンツを配信するインフラとコンテンツそのものを束ねる「垂直統合型モデル」へのチェック機能である。
米国ではすでに、通信事業者ではAT&TやVerizon Communications、CATVではComcastなどが、垂直統合型モデルを実現させつつある。例えばComcastは、三大ネットをはじめ、約5万の映像コンテンツの視聴が可能なポータルサイトを展開している。
古くて新しい問題、「OSの独占」
こうなると、自らのマーケット支配力を、他のマーケットを支配するためのテコに使う可能性が高い。ノーム教授は今年1月、東京で行われたシンポジウムで、「これらの垂直統合型モデルは、Gate Keepingの力を一企業に集中させるという点で、大きな政治問題を引き起こす」と注意を喚起している。
もう一つの分野は、古くて新しい問題なのだが、PCのOS(オペレーション・ソフト)、システム技術の分野だ。OSの独占は、テレビや電波の独占以上の問題ともいえる。なぜなら、テレビ、通信業界のシステムはOSによって操作されるからだ。
そのため、OSを保有する、例えばマイクロソフトは、すべての消費者に到達するために必要な伝送路のボトルネックを抑えているともいえる。これに関しては1990年代、米国で大きな論争が行われたし、最近では、EUの欧州委員会が同社が独禁法に違反したとして巨額の課徴金を課した。こうした監視とチェックは、IT社会での公平性を担保する上で、今後とも不可欠なのだ。
執筆者プロフィール
河内 孝(かわち たかし)
1944(昭和19)年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。毎日新聞社政治部、ワシントン支局、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て2006年に退社。現在、(株)Office Kawachi代表、国際福祉事業団、全国老人福祉施設協議会理事。著述活動の傍ら、慶應義塾大学メディアコミュニケーション研究所、東京福祉大学で講師を務める。著書に「新聞社 破綻したビジネスモデル(新潮新書)」、「YouTube民主主義(マイコミ新書)」がある。