前回、グーグルによる個人情報の収録事件をお伝えした直後、同じような事件が、世界最大のSNS、フェースブック(Facebook)とアメリカ最大の電話会社、AT&Tで起きた。改めてインターネット時代における個人情報管理の難しさ思い知らされる。

二つのケース、そしてグーグルがイタリアの裁判で有罪判決を受けた問題は、いずれも個人情報の扱いを巡って起きた。しかし、事態が投げかけている問題点は、大きく異なる。

AT&T、iPadオーナー情報流出の可能性

おそらく最も単純、でも深刻な個人情報の流出事件は、AT&Tのケースだろう。

この事件は、ネット情報に強いブログ、Gawkerが6月9日にすっぱ抜いて明るみに出た。AT&Tのデータ管理システムの脆弱さから114,000件ものiPadユーザーのメールアドレスと固有ID番号が流出した可能性があるという(元記事)。AT&Tは10日、「セキュリティー・システムに"抜け穴"があり、問題はすでに修復された」との声明を出した。

ただメールアドレスには、この2ヶ月間にiPadを購入したホワイトハウスの高官、ブルームバーグ・ニューヨーク市長、軍の上層部、著名キャスターなどが含まれていたため注目を集めた。専門家はID番号からメールの交信内容までたどるのは技術的に難しいとみているが、メールアドレスが流出していた場合、これらセレブ達が当分の間、迷惑メールに悩まされるのは避けられそうもない。ニューヨークタイムズ社も、「当分の間、3GタイプのiPadを業務で使ってはならない」との通告を出した、という。

巨大SNSにプライバシー侵害のおそれ

次のフェースブックのケースは、ネット時代の個人情報管理を巡る企業倫理の問題を問いかけている。これは、5月下旬、ウォール・ストリート・ジャーナルなどが一斉に報じて表面化した。同紙やITセキュリティー会社ソフォスの調査では、加入者5億人と世界最大のSNS、フェースブックやマイスペースなどは、顧客氏名、ID番号などを日常的に、広告会社に送信していたという。

同紙によると、「ウェブ広告の世界では、広告会社がクリックされた広告の掲載されているページのアドレスを取得することは一般的に行われてる。広告会社が通常入手しているのは単なる理解不能な文字と数字で構成された一連のコードで、そこから個人を特定することはできない。しかしSNSのデータには利用者名が含まれているから利用者のプロフィールまで到達できる」と言うのだ。

一方、ソフォスが行った調査ではフェースブック利用者の間でプライバシー管理が大きな関心事項になっていることが明らかになった。利用者1,588人に対し行った調査で60%の人が、「プライバシー侵害の恐れから退会を考慮している」との意向を示した。両SNSはウォール・ストリート・ジャーナルの取材に対し、「データコードを書き換えたので、心配はなくなった」と弁明している。

イタリアのグーグル・ビデオ問題で浮上した問題

第三のケースは2月、イタリアのミラノ地裁で3人のグーグル役員が個人情報保護法違反で執行猶予6カ月の有罪判決を受けた事件だ。役員らはアメリカに住んでおり欠席のままの判決であったがグーグルは直ちに控訴した。

この判決によると、同国のグーグル・ビデオには2006年に自閉症の少年を未成年者たちが集団でいじめる内容のビデオが投稿され、公開状態になった(関連記事)。グーグルは、障害者支援団体から警察を通じて正式に申し入れを受けた2時間後、ビデオを削除したが、アップされてからの2カ月間、動画は流れ続けていた。これは同国の個人情報保護法に違反する行為である、という判断だ。

この問題は、「果たしてグーグルはインターネット・サービス業者なのか、コンテンツ内容に責任を持つべきコンテンツ・プロバイダーなのか」という論争に発展した。ユーチューブなどに掲載されるコンテンツに関して一義的な責任はオンライン業者にはなく、製作者にある、というのが「インターネットの自由」の原則である。だから、この判決にはイタリア駐在の米大使も、「国際的な原則に反するもので失望している」との声明を出した。

しかし、イタリアの検察官は、「グーグルがユーザーのデータとコンテンツを利用して広告収入をあげている以上、コンテンツ・プロバイダーとしての責任も負わなくてはならない」と主張した。

仮にこの判決が確定するとグーグルやツイッターなどオンライン・サービス業者は、大きな影響を受ける。グーグルのスポークスマン、エチクソン氏は、「一時間に、20時間分もアップされるビデオをモニターするのは物理的に不可能だ」と語る。

これに対し検察側は、「中国での政治言動に対する検出法(スクリーニング)を編み出した(そして中国政府に協力した)グーグルならイタリアでも同じことができるはずだ。しかも問題になっているのは、人間の尊厳である」と切り返した(この裁判は、グーグルが中国市場からの撤退を決める前に行われた)。

三つのケースが提起しているのは、いずれもネット情報化時代において避けて通れない問題である。それだけに比較的関心が低い日本においても、プライバシーの保護やオンライン市場における健全な競争条件の確保について、より濃密で、積極的な議論がなされるべきだろう。

執筆者プロフィール : 河内孝(かわち たかし)

1944(昭和19)年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。毎日新聞社政治部、ワシントン支局、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て2006年に退社。現在、(株)Office Kawachi代表、国際福祉事業団、全国老人福祉施設協議会理事。著述活動の傍ら、慶應義塾大学メディアコミュニケーション研究所、東京福祉大学で講師を務める。近著に『次に来るメディアは何か』(ちくま新書)のほか、『新聞社 破綻したビジネスモデル』『血の政治 青嵐会という物語』(新潮新書)、『YouTube民主主義』(マイコミ新書)などがある。