新聞メディアの伝送媒体が紙から電子に置き換えられるのは時代の流れである。そこで問題になるのは、これまで紙媒体から得てきたコンテンツ・コストをウェブ上では取れないということだ。

昨年、英国議会で証言したメディア・アナリストのクラリー・エンダーさんによると、「新聞紙購読者が年間100ポンド(約1万6千円)支払うのに対し、電子版の広告売り上げをユニーク・ユーザー数で割れば一人当たり2ポンド(約320円)にしかならない」という。

世界中の新聞、雑誌経営者が電子記事の課金化に悪戦苦闘するのは、このため。こんな中、救世主のように登場したのがニューヨークに本社を置く「Journalism Online」(以下、JO)である。

同社は、裁判を実況中継する「コートTV」などを創設したスティーブン・ブリル、ウォールストリート・ジャーナル元発行人のゴードン・クロビッツ氏らが09年4月に立ち上げた。JOは、主として新聞社、出版社を顧客に「コンテンツ課金代行」を行う。今年春にサービス開始予定だ。3月、日本記者クラブで記者会見したクロビッツ氏は、「すでに1,300社近い新聞、雑誌から申し込みがあった」と事業の前途に自信を示した。訪日直前、2月にニューヨークで私と行ったインタビューで同氏は、「一年半で採算ベースに乗る」と強気だった。

同社のビジネスモデルは加盟社のニュース・コンテンツを集合したプラットフォームをJOが作る。JOサイトを訪問した読者が選択したコンテンツ閲読のために支払った料金の20%をJOが取り、クレジット手数料3%を引いた77%がコンテンツを提供側の新聞社、雑誌社の収入となるというものだ。

加盟の意思表示をしている1,300社のオンライン・ユーザーを合計すると月間1億3,500万人にも達するから、このうち10%が年間100ドル支払う有料読者になれば十分採算がとれる、というわけだ。10%という数字はクロビッツ氏がウォールストリート・ジャーナル電子版を立ち上げた経験。さらにボストン・コンサルティングが09年11月に行った市場調査にもとづく、「極めて保守的な数字である」という。

確かに同社が提供する15種類もの記事課金システムは、きめ細かで様々なニーズに対応できるよう苦心の跡がうかがえる。以下、いくつかの課金パターンを紹介してみよう。

  1. 無料で読めるコンテンツを月20本程度として、あとは従量制(メーター制ともいう)で増えていく一種のフリーミアム・モデル。最初の数行を無料で公開して、その先を読むためには課金する方式もフリーミアムの一種である。

  2. 新聞紙の定期購読者に電子版を安く提供する方式。これは部数を維持しながら時間をかけてデジタル有料制に移行するのに有効という。4月からの日経電子新聞モデルの先行タイプといえよう。

  3. 個々の読みたい記事に少額課金するマイクロペイメント制

  4. 特定の項目、分野に限って提供する方式

  5. 電子版の定期購読。これは定額制だからメーター制より「いくらで収まるか目安がつけやすい」というメリットがある。

しかし開始時期が過ぎた4月14日現在、サイト表示は「Coming Soon=間もなく」のままである。大手のニューヨーク・タイムズやワシントンポストなどが加入を見送ったのが痛いのではないだろうか。大手は、すでに実績のある自らのサイトと、Kindle(キンドル)、iPad(アイパッド)など電子端末での販売で十分との判断なのであろう。

苦戦が予想されるJOのクロビッツ氏に訪日直前インタビューした。

──このビジネスモデルをお考えになった動機は

インタビューに応じるクロビッツ氏

クロビッツ氏 価値ある情報を取材、発信するにはコストがかかる。不況と新聞紙購読者が減少したことで従来の新聞購読代金、広告売り上げ、電子版広告収入だけでは、このコストを支えられない。ニュースや雑誌記事の電子コンテンテンツを少額課金できれば第四の収入源ができるわけで、メディアビジネスはハイブリット化する。

──経済専門紙でしか成功していない電子記事コンテンツの課金が一般の新聞、雑誌で可能になる、という根拠は?

クロビッツ氏 私たちがボストンン・コンサルティングンに依頼して米、英、独、仏、イタリー、オーストラリアなど8カ国で行った市場調査では48%の人がコンテンツを有料で買う気があると答えている(月10ドル以上と答えた人は8%)。だからわれわれのプラットフォームに加盟表明している新聞、雑誌の電子版にアクセスしている人の10%が15種類の課金モデルのどれかに参加してくれれば十分採算の取れるモデルになる。

──しかし大手新聞社は独自の課金モデルを持っているし、キンドル、アイパッドでの購読も容易でしょう。なぜJOなのでしょう

クロビッツ氏 アメリカにはご存じのように1,000以上もの比較的少部数の新聞がある。こうした社が独自に課金決済システムを構築するのは多大な投資を必要とする。私と、スタッフは、ウォールストリート・ジャーナルで課金決済システムを作ったし、今回はさらに進化したモデルを導入する。日本や、外国に新聞雑誌にとってもわれわれのプラット・フォームに参加するメリットは大きい。

(以下、次回へ続く)

執筆者プロフィール : 河内孝(かわち たかし)

1944(昭和19)年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。毎日新聞社政治部、ワシントン支局、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て2006年に退社。現在、(株)Office Kawachi代表、国際福祉事業団、全国老人福祉施設協議会理事。著述活動の傍ら、慶應義塾大学メディアコミュニケーション研究所、東京福祉大学で講師を務める。近著に『次に来るメディアは何か』(ちくま新書)のほか、『新聞社 破綻したビジネスモデル』『血の政治 青嵐会という物語』(新潮新書)、『YouTube民主主義』(マイコミ新書)などがある。