電子ブックリーダーを無視できないメディアの収入事情

アメリカの伝統的メディア産業界に悲報が相次いだ09年を締めくくるようにクリスマス直前となって三つのメディアグループが連邦破産法11条を申請した。いずれも裁判所の管理下で負債を整理して再建を目指すことになる。

破産申請したのは、まずラジオ・ネットワークでアメリカ第3位、224局のラジオ局を保有、運用している"Citadel"。負債総額は2,000億円強。自動車販売、レストランチェーン、金融という主要広告主の出稿が急減してお手上げ状態となった。

もう一つもラジオ・ネットワークで、36局のAM/ FM局を保有する"Next Media"。負債は500億円強とCitadelの四分の一だが、全米にネットワークされている人気番組を制作しているので番組を提供されている局の編成に影響が出る可能性がある。

三番目は新聞シンジケートで、デラウエアー州に本社を置く"Heart Land Publications"である。オハイオ、ケンタッキーなどの州で約50紙のタウンペーパーを発行していた。富裕層のための経済紙『フォーブス』ですらマンハッタン五番街の本社ビルを売りに出した。

本格的な景気の回復が見込めない情勢の中で伝統的メディア産業はメインの収入基盤であった広告増収が図れない以上、コンテンツ有料化にドライブをかけざるを得ない。しかし前回述べたように、例えばキンドル経由で販売しても売り上げの70%以上がプラットフォーマーの手に落ちてしまう。しかし背に腹は代えられない。

09年クリスマス商戦で最高の売れ筋商品となったキンドルなど携帯電子ブックリーダー。各機種の売り上げ総数は、300万台を超えた。全米最大のブックチェーン、「バーンアンドノーブル社」が売り出した、「ヌーク」など生産が追い付かない勢いという。

新聞・雑誌のキンドル料金は安いのか?

ところで、キンドル上の料金設定をみると、いずれもアナログ商品(プリント版)よりもはるかにお安くなっている。ご存知の方も多いだろうが、Kindle Storeのショッピング・リストから欧米の主要な新聞、雑誌の料金をひろってみる。

新聞=月極め料金で14日間のお試し期間あり

ニューヨークタイムス=$27.99、ワシントンポスト=$23,99、ロサンゼルス・タイムズ=$19.99、フィナンシアル・タイムス(イギリス)=$27.99、インデペンデント(イギリス)=$22.99、フランクフルト・アルゲマイネ(ドイツ)=$27.99、ル・モンド(フランス)=$27.00、ヒンドスタン・タイムス(インド)=$9.99、マイニチ・デイリーニュース(日本)=$13.99、上海デイリー(中国)=$9.99、プラハ・ポスト(チェコスロバキア)=$3.99(月4回発行)、モスクワ・タイムス=$9.99

雑誌=14日間のお試し期間あり、月間料金

タイム=$2.99、ニューズ・ウイーク=$2.99、フォーリンアフェアーズ=$3.99、ビジネスウイーク=$4.99、エラリークイーン・ミステリーマガジン=$5.99

1月現在で世界の新聞89種類、雑誌38種類がショッピング・リストに載っている。品ぞろえも申し分ない。一方、ブック・ストアーのリストを見ると著作権の切れたシャーロック・フォームズや、シェイクスピアなどの著作集は、いずれも2~5ドル台で思わずショッピングカートに入れてしまう。

しかし、このザッピングは日本の方には、いくら英語が得意でも未だお勧めできない。書籍・雑誌代にはローミング料金が付加される。日本在住のアメリカ人の友人は、「気ままにキンドル・ショッピングをしたら、月末にギョットする請求が来て家内に怒鳴られた」とぼやいていた。

有料コンテンツを購入する消費者心理

キンドルリストに参加した既存のメディアの選択は、たとえ売り上げの80%近くをプラットフォーマーに取られても「無料よりは良い」というもの。しかし、これは料金的には、はるかに高いプリント版読者とは共食いの関係にある。痛しかゆしだ。

一方でマードックのように自らプラットフォームつくりに乗り出す動きもあるが、前回説明したように、これもいばらの道である。

ただ面白いのは消費者の心理である。統計上は無料サイト閲覧者で有料のコンテンツを購入する人の比率は5%とされているようだ。だからとにもかくにもユニーク・ユーザーという分母を増やすしかないと言える。

しかしキンドル・ユーザーは、PC上でなら無料で閲覧できる新聞や、雑誌にプリント版より安いにしても料金を払っているのは何故だろう。ヘビーユーザーの一人に聞くと、「項目でなく目次から順に読めるからプリント版を読んでいるのと同じ感じだ」。あるいは、「通常、削除されているローカルニュースも全文載っているから自分の育った町の出来事が詳しく知れてうれしい」という返事だった。

無論、前に指摘したように企業人の場合、会社がコストを負担してくれるケースも多いだろう。カード情報が登録されているから「支払いの敷居」が低い。ここらはNTTドコモのiモード課金システムと、ユーザーの消費行動と似ている。

こうした中、電子新聞からスタートしてプリント版も出し始めたアメリカワシントンDCの政界情報媒体、「Politco」の成功例を研究してみよう。

執筆者プロフィール : 河内孝(かわち たかし)

1944(昭和19)年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。毎日新聞社政治部、ワシントン支局、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て2006年に退社。現在、(株)Office Kawachi代表、国際福祉事業団、全国老人福祉施設協議会理事。著述活動の傍ら、慶應義塾大学メディアコミュニケーション研究所、東京福祉大学で講師を務める。近著に『次に来るメディアは何か』(ちくま新書)のほか、『新聞社 破綻したビジネスモデル』『血の政治 青嵐会という物語』(新潮新書)、『YouTube民主主義』(マイコミ新書)などがある。