衰退するニュース・プロバイダーと、繁栄するニュース・アグリゲイター。両者の関係はカニバリズム(共喰い)なのか、共栄なのか。この問題が現在の米メディア界、最大関心事であろう。

確かに、ニュースを伝えるというビジネスが消え去るわけではない。しかし今後、新聞や情報通信業者は、オンライン読者をより多く獲得してゆく中で収入構造を転換するビジネスモデルを作り、それに適合していかざるを得ないだろう。言い換えれば、オンライン収入の範囲でしか編集機能を残せない、ということでもある。

これまで当連載コラムでも述べてきたように、2009年に入り米国では、コンテンツ提供者(新聞社、通信社)とコンテンツ集約、配給者(以後アグリゲイター=Google、Yahooなどをさす)との間で、料金設定、最終消費者に少額課金することの是非をめぐって厳しい折衝と議論が始まった。ニュース提供側が、そこまで追い詰められたということだ。最大の原因は、これまで二ケタ台で伸びてきたオンライン広告にも不況の影響が色濃く出始めたからだ。

ここで、当連載コラム第26回に掲載したグラフを再掲載する。業界のトップをゆくGoogleの売り上げですらこの通り。反転の力は弱い。

Googleの四半期別売上、赤線は見込み(出典 : 「Cillicon Alley Insider」4月3日)

コンテンツ提供者(既存メディア)とアグリゲイターとの"Win-Win"の関係は、広告売り上げが右肩上がりに伸びてゆくことが前提。伸びが停滞する中で、双方の利害は一転、露骨な利益の奪い合いが始まったわけだ。

アグリゲイター批判の口火を切ったのはルパート・マードック氏

口火を切ったのは、メディア・コングロマリット「News Corporation」を率いるルパート・マードック氏だ。

同氏は2009年4月2日、ワシントンDCで開かれた全米有線放送業者の年次総会で、以下のように怒りをあらわにした。

「インターネットを使ってニュース・コンテンツを無料で閲覧する時代を終わらせなくてはならない…。いつまでGoogleが我々の著作権を盗んでゆくことを許しておくのか。ニューヨーク・タイムズやウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)といったブランド力のある媒体は、そんなことをさせる必要はない」

同時に、傘下のニューヨーク・ポスト、タイムズ(英国)、ヘラルド・サン(豪州)などのオンライン情報提供を1年以内に有料サービスとする」と宣言した(「Dow Jones Newswires」4月4日)

ボスに追随するように、WSJのロバート・トムソン編集担当は、グループの「The Australian」上で、「グーグルは他人の作ったコンテンツを売り、広告収入を上げながら、富を(コンテンツ提供者と)分かち合おうとしない。彼らは寄生虫のようなものだ」と罵倒し、関係者はその口ふんの激しさに眉をひそめた。

こうした「ニュース課金」の流れに、AP通信のトム・カーレイCEOらが同調した動きを見せていることは、当連載コラム第28回で伝えた通りだ。

「ひねり出した歯磨きをチューブに戻せるのか」

こうした主張に対しては、「マードック氏の言うことは、いったんひねり出した歯磨き粉をチューブに戻すような試みではないか」(CNNのケビン・ボイグ記者)と冷ややかに見ている言論人も多い。

しかし一見、怒りにまかせたようなマードック氏の発言の背景にはしたたかな計算も見え隠れする。

一方で、日本円にして約5,000億円も投じて手に入れたWSJの電子版有料読者が100万人を超えていることが同氏に自信を与えているに違いない。他方、というより多分それ以上にWSJ以外の保有新聞が大苦戦していて、グループのトータル利益が前年比47%までに落ち込んでいる、この苦境をどう打破するかという差し迫った問題がある。

その答えが「プリント(紙)から撤退してインターネット・アグリゲイターと消費者へのニュース提供を有料にする。それによってトータルにデジタル移行する」と言う決断ではなかったか。

マードック氏は6月8日、保有するFOXテレビ、ビジネスニュースでのインタービューで、「10年後には、ほぼ全ての新聞(ニュース・コンテンツ)がPCもしくはAmazon.comの携帯電子媒体『Kindle(キンドル)』を通じて読者に読んでもらうことになるだろう」と語っている。逆にいえば、ここ数年で「新聞紙ビジネス」から「デジタルコンテンツ・ビジネス」に切り替えなければ「マードック帝国の明日はない」と思い詰めている様子がうかがえる。

米国は、すでに電子新聞時代に突入

ご存知の方には言うまでもないが、Amazon.comが2007年に発売した電子ブック・リーダー「Kindle」はすでに30万台近く売れており、2009年には9.7インチディスプレーの「より(画面が)大きく、薄く、容量が大きい(本体に書籍200冊分を記憶、さらに外部メモリーも付く)」バージョン2が売り出された。価格は359ドル。携帯電話通信でコンテンツをダウンロードする。日本では、コンテンツ提供側との著作権処理が終わっていないために発売時期は未定だ。

「Kindle 2」発売の記者会見をするAmazon.com社長のJ.ベゾス氏(2009年5月、Amazon.comホームページより)

とはいえ日本でもすでにiPhoneで一部の新聞は読めるようになった。いずれKindleなり携帯で新聞、雑誌、書籍が好きな時、好きなように読むことができるようになるだろう。

同じような製品として液晶パネルを使わないより薄い、「Plastic Logic」なども発売され、米国は、すでに本格的な電子新聞時代に入っている。


執筆者プロフィール
河内 孝(かわち たかし)
1944(昭和19)年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。毎日新聞社政治部、ワシントン支局、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て2006年に退社。現在、(株)Office Kawachi代表、国際福祉事業団、全国老人福祉施設協議会理事。著述活動の傍ら、慶應義塾大学メディアコミュニケーション研究所、東京福祉大学で講師を務める。著書に「新聞社 破綻したビジネスモデル(新潮新書)」、「YouTube民主主義(マイコミ新書)」がある。