米上院で「ジャーナリズムの将来」と題し公聴会
5月6日、米上院商務、科学、運輸の合同委員会(ジョン・ケリー委員長、民主党)で「ジャーナリズムの将来」と題した公聴会が開かれた。本コラム第25回で紹介したように、米上院にはすでに、メリーランド州選出のベンジャミン・カーディン議員が、「The Newspaper Revitalization Act(新聞再生法案)」を提出している。
この日の公聴会では、カーディン議員が提案理由を説明したほか、Googleの検索担当副社長マリッサ・メイヤー氏、ジャーナリズム振興のためのプロジェクトを進めてきたNPO財団の会長、前ワシントン・ポスト編集局長、TVプロディューサー、全米新聞協会代表、成長を続けるブログ新聞、「Huffington Post」を起業したアリアナ・ハフィントン氏らが出席した。
全米の新聞が次々と倒産に見舞われる中で、これまで主に新聞記者が担ってきた公共の利益のためのジャーナリズム活動、例えば「行政府の監視」や「調査報道」といった役割を、誰がどのように担って行くのか--について熱心で興味深い討論が行われた。
日本にも必ず訪れるであろう時代の変化を先取りした議論を紹介したい。
解雇された新聞記者のWebメディア立ち上げは「自然な流れか?」
ケリー委員長は、冒頭、この公聴会の目的について以下のように述べた。
「どのようにして国民が情報を得てゆくのか、は国民の利益にとって極めて重要であり、米国の民主主義の基礎にかかわる問題だ。長い間、米国民にとってジャーナリズムとは新聞そのものであった。しかし今日の新聞界は絶滅にひんする種族と言っても過言でない状態にある。新聞購読者数の低下は止まらず、最近では毎年、2桁の減少が続いている。1993年にニューヨーク・タイムズ(以下NYT)は、ボストン・グローブを11億ドルで買収したが、2009年4月の資産評価では8億ドルにまで低下している」
「しかし本日、皆さんと議論をしたいのは、新聞社の経営状態ばかりではなく、こうした変化が我々国民生活にどのような影響をもたらすか、なのである」
「いま、旧メディアから解雇された記者たちは倒産に瀕する地方紙に代わって、Webニュースサイトを立ち上げ、より限定された読者に情報を提供し始めている。これが時代の変化に対応した自然な流れ、市場の転換であるなら問題はないが、本当に自然、と言えるものなのだろうか」
「だから私たちは、このような疑問への答えが知りたい。(1)広告収入が激減する中で20世紀の後半に行われたような偉大な調査報道を行ってゆく予算配分は出来るのだろうか? (2)登場しつつあるニューメディアは政治的党派性、財政的理由など諸利害に(既成のジャーナリズムより)ぜい弱な存在になる恐れはないのか? (3)そしてオンライン・ジャーナリズムは新聞社が維持してきた職業的ジャーナリストとしての諸価値を維持して行けるのであろうか?」
「議会や政府が果たすべき役割はあるか」と問題提起
さらにケリー氏は、急成長を続けるWebメディアと新しい時代への対応について、以下のように述べている。
「Googleは2008年に217億ドル(約2兆1千億円)の広告収入を上げる一方で、提供しているニュースは無料で集めている。(E-チラシの)Craiglistは無料の案内広告を掲載して月に10億回ものアクセスがある。これは結果的に年間数十億ドルの損害を新聞社に与えている。YouTubeには毎日、1億人の人が訪れており、6万5,000件のアイテムがアップ・ロードされている。その広告収入は5億ドル近い。NSNのFacebookは2億人の登録ユーザーがおり、毎日70万人増えている。昨年、このサイトは3億ドルの広告収入を上げた。この結果、皮肉にもNYTの購読読者は145万人なのにFacebook上では毎日、44万7,926人が愛読している。携帯ビジネスはすでに毎年、20億ドルの広告収入を上げている」
「(ピュリッツアー賞生みの親である)ピュリッツアーの、"わが共和国の興亡は新聞とともにある"という言葉は今日も真実であると信じたい。しかし今われわれは、ピュリッツアーやあの時代の新聞王たちが想像もできなかった新しい新聞、メディアについて語らねばならない。これら新しいメディアでは、新しいビジネス・モデルを確立するための試行錯誤が続けられている。こうした過程で、議会、あるいは政府が果たすべき役割はあるのだろうか? それは私にも分からないが、あるとすればそれは何か? こうしたことを議論するため今日はさまざまな分野の方にお集まり頂いた」
2004年の大統領選挙に出馬し、2008年の選挙ではバラク・オバマ大統領の選対責任者を務めたケリー議員の冒頭演説は今日、メディア界が直面している問題を手際よくまとめている。「残念ながら日本に、これだけ明晰な分析力と洞察を持った国会議員がいるだろうか」と思うのは筆者一人だろうか?
執筆者プロフィール
河内 孝(かわち たかし)
1944(昭和19)年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。毎日新聞社政治部、ワシントン支局、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て2006年に退社。現在、(株)Office Kawachi代表、国際福祉事業団、全国老人福祉施設協議会理事。著述活動の傍ら、慶應義塾大学メディアコミュニケーション研究所、東京福祉大学で講師を務める。著書に「新聞社 破綻したビジネスモデル(新潮新書)」、「YouTube民主主義(マイコミ新書)」がある。