「悲報相次ぐ」米国の新聞界
まさに「悲報相次ぐ」である。前回コラム掲載以降、米国で新たに3紙の廃刊が告げられた。Rocky Mountain News、ハースト系のSeattle Post、ガネット系のTucson Citizensである。
Rocky Mountain News最終号(左)と、同紙オーナー会社E.W. Scripps Co.のリッチ・ボーンCEOから廃刊を告げられるMountain紙の編集スタッフ(出典:Rocky Mountain News電子版 2月26日号) |
160年もの歴史を持ち、過去10年間でピューリッツァー賞を二度も取ったMountain紙(22万5千部、全米35位)の廃刊は、特に惜しまれる。2008年度の赤字はおよそ16億円。
存続を求める内外の声に同紙のマーク・コントレラス副社長はこう答える。
二つある編集室(News Room)の規模を半分にし、記者の半数を解雇しても採算分岐点が見えてこない。IT収益は増えているが、今後5年間、毎年40%ずつ利益が上がったとしても一つの編集室のコストしか賄えない(Rocky Mountain News 2月26日号)。
象徴的なのは、同紙の廃刊で、長いライバル関係にあったDenver Postの経営が改善しそうなことだ。Post紙はMountain紙を解雇される記者の10%前後を採用したいとしている(Bloomberg News)。
前回、紹介したエール大学投資責任者らの、「公共財としての新聞存続論」がいかに切実なものであるかがお分かりいただけよう。
新聞を『社会福祉を増進する機関』と認定
新聞(という機能を)をどのように存続させるべきなのか。現在、米国の新聞社が行っているリストラ策(※)は、ニューヨーク・タイムス(NYT)に寄稿した二人から見れば自殺行為であり、近視眼的な「Band-Aid for a gaping wound」(絆創膏貼り)である。
※ 例えば2002年から2006年にかけ、米国の新聞社は海外特派員を25%も減らした
二人は、次のように主張する。
仮に新聞社を大学・公共機関と同じ『社会福祉を増進する機関』と認定するなら、寄付は非課税、事業収入についても法人税、消費税、固定資産税は控除されるべきだ。
同時に、NYTの年間経費を約2億ドル(約200億円)と試算し、これを運用するためには、「50億ドル(約5,000億円)の基金を全米から募集すればよい」と提案する。米国の良心を守るためなら安いものではないか、というわけだ。
無論、新聞のスタンド売り、配達は継続するし、Webビジネスにも力入れて基金の安定運用を図る。
「この組織は株主や広告主の声に耳を傾けなくていいから理想的な独立言論機関になりうるのだ」という。
非課税の非営利団体になれば不動産や、事業など収益事業が制約されるなど、実現性を危ぶむ声もある。しかし、一つのビジネスモデルが破たんすれば、さまざまなアイディアが出てくるところが、いかにも米国流である。
こうした議論の背景には、ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)を買収したルパート・マードック氏が、トリビューン・グループのロスアンジェルス・タイムズ(LAT)とNYTに食指を伸ばしていると伝えられることに、米文化界が危機感を募らせるということがある。
フランスで今ひとつ理解されない「国家による救済」
もう一つの流れは、国家による救済策である。2009年1月末、フランスのニコラ・サルコジ大統領が発表した新聞産業救済策は、日本でも大きく取り上げられた。
ポイントは、以下の通りである。
選挙権を得、多くが大学入学のため家族から独立する新成人(18歳)が選んだ新聞を一年間、無料で配布する(新購読料は新聞社が、配達料は政府負担)
電子メディア部門への財政補助
戸別配達のための郵便料金値上げの一年繰り延べ
政府広報予算の拡大
予算規模は、3年間で約700億円という。効果を疑う向きもあるが、独自に先行実施した新聞社では、2年目に15%近い歩留まりがあったという。
ご多分にもれず、フランスの新聞各紙も部数減が止まらない。保守系のフィガロやルモンドが有名だが、発行部数は30~50万部。最大の「西フランス」でも80万部程度だ。
1944年に250紙あった新聞を、「ナチの報道機関となった」と全廃し、ゼロからスタートしただけに、当初からさまざまな政府の補助を得てきた。印刷補助や各種税控除で、現在でも年間1,740億円相当の補助を受けている。新聞界は、「フランス文化を守る」「民主主義の要」という大義名分には国民的理解が得られている、と主張する。
しかし、政府補助の増額に比例して、「新聞は信用できない」とする回答が増え、50%に達している(カソリック系「ラ・クロワ」紙の暦年調査、読売新聞2月1日)。
しかも、ルモンド紙の約20%の株は、欧州航空宇宙産業EADS社を傘下に置くラガルデール社が保有、フィガロ紙はサルコジ政権与党・民衆運動連合(UMP)のセルジュ・ダッソー上院議員(軍需産業大手ダッソー・グループ総師)の所有である。このことが、いまひとつ国民的理解が得られない理由でもある。
執筆者プロフィール
河内 孝(かわち たかし)
1944(昭和19)年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。毎日新聞社政治部、ワシントン支局、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て2006年に退社。現在、(株)Office Kawachi代表、国際福祉事業団、全国老人福祉施設協議会理事。著述活動の傍ら、慶應義塾大学メディアコミュニケーション研究所、東京福祉大学で講師を務める。著書に「新聞社 破綻したビジネスモデル(新潮新書)」、「YouTube民主主義(マイコミ新書)」がある。