新聞ビジネスの苦境が伝えられて久しいが、このところ、新聞の「再生」をめぐる議論が欧米で活発になってきた。元新聞社社員として歓迎したい。どんな議論が展開されているのかをご紹介しよう。

米新聞界、トリビューン倒産以降4社が破産

まず、米国の新聞界の現状を再確認してみよう。

今年2月23日のウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は、2月に入って新たに新聞社2社が破産申請したと伝えている。フィラデルフィア・ニューズ紙と、ジャーナル・レジスター紙だ。

昨年12月にルパート・マードック氏のニューズ・コーポレーション、USAトゥデイのガネット・グループ、ニューヨーク・タイムズと並ぶ新聞大手、トリビューン社が倒産して以来、米新聞社の破産は4件目。

大リーグのシカゴ・カブスなども保有するトリビューン・グループは、2007年に不動産事業者のサム・ゼル氏が買収し、ロサンゼルス・タイムズを傘下に置くなど業績の拡大を目指したが、広告収入の減少が響いて経営破たんした。負債総額は130億ドル(約1兆2千億円)にのぼる。

一方、老舗のニューヨーク・タイムズ(NYT)の2008年7-9月期決算は、純利益が前年同月比51.4%減の650万ドルまで落ち込んだ。格付け会社のスタンダード&プアーズ(S&P)は、これを受けて同社を「投資不適格」と認定、2009年の年初に40ドル台だった同社の株価は一時、10ドルを割り込んだ。

名門ニューヨーク・タイムズもなりふり構わぬリストラ

苦境脱出のため同社は、以下のようななりふり構わぬリストラを実施中だ。

  1. 新築したばかりの本社ビルや、保有する大リーグ、ボストン・レッドソックスの売却を検討

  2. 別刷りだった市内版を本紙に統合して印刷コストを削減、永年の伝統を破って一面に広告を掲載

  3. 1,300人の記者を100人以上削減

しかし、これでも運転資金に不足する事態が予想されるため、2009年に入ってメキシコの富豪家カルロス・スリム氏に250億円の資金注入を依頼する事態となっている。

またBloomberg Newsが2月24日に伝えたところでは、1865年以来の歴史を持つ、発行部数で全米第12位のサンフランシスコの有力紙、サンフランシスコ・クロニクル(発行部数32万部)について、所有者のハースト・グループは、数週間以内に「売却するか、廃刊するかの決定を行う」という。同紙は過去6カ月で発行部数を7.1%減らしている。ハースト・グループでは、さらに2紙の廃刊を検討していると伝えられる。

米メディア界、「集合と求心力」から「選別と遠心力」に移行

全米の新聞は、この1年間で全体の3~4%に当たる30万部の部数を減らしている。トップ10中の1社が消滅したのと同じである。株価は平均60%ダウンし、主要な収入源である広告売り上げは、前年比15~20%以上の低下だ。米国の新聞業は、売上げの80%以上を広告収入に依存しているから、苦境は察するに余りある。

ちなみにリーマン・ショックが襲っているのは伝統メディアの新聞産業だけではない。Googleの昨年10~12月決算は、上場後初の減収となったし、米Yahooも7年ぶりの赤字計上、Microsoftの営業利益も前年比10%ダウンを記録した。

メデイア・コングロマリットの巨人、タイム・ワーナーも業績不振のAOLをスピン・オフ(切り離す)する考え。集合と求心力の働いてきた米メディア界に、選別と遠心力が働き始めたと言えるだろう。

新聞は民主的国家にとって不可欠な「Non Profit Organization」

こうした状況の中から、様々な「新聞再生論」が語られ始めた。

1月27日のニューヨーク・タイムズのOp-ed欄(日本で言う解説、社説欄に当たる)にエール大学投資責任者のデイビット・スウェンセン氏と、投資アナリストのマイケル・シュミット氏が共同で寄稿した、「公共財としての新聞」という記事が掲載されている。これは、以下のような考えに立っている。

ビジネスとしての新聞業は破たんしたかもしれない。しかし専門記者が取材し、客観的な判断でニュースを創出し、経験のある編集者が手を加え、商品として世に送り出す、この機能「Information provider」は、民主的国家にとって不可欠だろう。だとすれば新聞社は、公立大学と同じ社会の公共財、「Non Profit Organization」として存続して行けばいいではないか

原稿は米国憲法の父であるトーマス・ジェファーソンが1787年に残した有名な一節の引用から始まる。

新聞のない政府と、政府のない新聞のどちらかを選べと言われれば私は躊躇なく後者を選ぶ

建国の父達がそこまで意義を見出した、国民の意思を代表し、自由で多様な言論を保証する新聞が、今存立の際に立っている。民主社会の存立が、市民が望めば必要にして十分な情報にアクセスできる権利が保障されているか否かにかかっているとするなら、我々は新聞を救わなくてはならないはずである。

でも一体どうやって?(以下次号)


執筆者プロフィール
河内 孝(かわち たかし)
1944(昭和19)年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。毎日新聞社政治部、ワシントン支局、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て2006年に退社。現在、(株)Office Kawachi代表、国際福祉事業団、全国老人福祉施設協議会理事。著述活動の傍ら、慶應義塾大学メディアコミュニケーション研究所、東京福祉大学で講師を務める。著書に「新聞社 破綻したビジネスモデル(新潮新書)」、「YouTube民主主義(マイコミ新書)」がある。