米国大統領選キャンペーンにおいて、インターネットの役割が急激に増大しているのに、各陣営がネット広告に振り分ける費用が少ないのはどうしてなのか。ネット広告のプロやメディア関係の研究者に聞いてみた。

単価が安いのもキャンペーン広告費が安い一因

彼らが一様に言うのは、「基本的にネット広告掲載料がテレビに比べて圧倒的に安い」という事。つまり、広告の掲載量がグロスとしての金額に反映しにくいというわけだ。

それ以上に、「ネット検索で全米上位10位以内に入っているバラク・オバマ氏のサイトの場合、サイト自体が広告媒体化している。だから検索連動型広告のアドワーズや、アドセンスを貼る必要がないのではないか。仮に有力なポータルサイトに広告を出しても、アクセス数に応じてコストが跳ね上がるからかえって不経済じゃないか」と見るネット代理店営業もいた。

そこで気付いたのが、動画投稿サイト「YouTube」にあふれる勝手連的なオバマ氏応援ビデオと、テレビCMとの関係だ。

既存メディアを介するのは「恐るべきリスク」

8月25日からの米民主党全国大会の直前、オバマ氏は、副大統領候補に同党のベテラン上院議員、ジョセフ・バイデン氏(65歳)を選んだ。今回も大統領出馬表明と同じく人事決定を自らのサイトで発表。他メディアがこれをフォローするという手法を踏襲した。

この"インターネット最優先"とも言うべき広報戦術について学習院大学の遠藤薫教授は、こう分析している。

「既存マスメディアを介した報道では、候補者達から有権者へのアッピールのどの部分をどのように伝えるかは、マスメディア側に任されている。いいかえれば、候補者たちの可視性をマネージするのはマスメディアであって、候補者自身ではない。従ってマスメディアへの露出は、各候補者にとって、大きなチャンスであると同時に、恐るべきリスクでもある」(朝日総研レポート2008年6月号)

他方、ネット上の自らのサイトを使えば、このようなリスクなしに有権者へのメッセージ伝達が可能だ。

「まさに自分自身のコントロールのもとで、自らの主張もイメージも思うがままに伝えることが出来るのである」(遠藤氏同)。

ジョン・F・ケネディ以来の演説の"音楽化"

"YouTube時代"の選挙キャンペーンの面白さは、こうした情報伝達を受けた一般有権者からの反作用、フィードバックの仕方にある。ある人はオバマ氏のサイトを通して政治献金を行うだろう。ある人はブログでオバマ支援を訴えるだろう。

しかし、オバマ氏の雄弁に感銘を受けた人気ヒップホップグループのBlack Eyed Peasは、オバマ氏の演説をスローロックバラードに仕立てYouTubeにアップした。「Yes We Can」だ。まずはお聞きいただきたい。(下記カッコ内をクリックして下さい。以下同様)

(YouTube - Yes We Can - Barack Obama Music/www.Dipdive.com)

Yes We Can - Barack Obama Music/www.Dipdive.com(出典:YouTube)

2008年2月にアップされて8月末までの視聴者は942万人。何と6月には「卓越したアプローチ」が評価され、エミー賞(芸能部門)をとってしまった。私の知る限り、大統領もしくは大統領候補の演説が音楽化されたのは、ジョン・F・ケネディの就任演説「Together」以来のことだと思う。

マケイン氏を「No You Can’t」と皮肉るものも

その後に起きた草の根ネットリンクの広がりが如何にも面白い。

ヒットソングとなった「Yes We Can」は全米各地で歌われる。例えばこれ。

(YouTube - Yes We Can - Barackapella/laurennoni)

Yes We Can - Barackapella/laurennoni(出典:YouTube)

どこかの学芸会での一幕。親子の合唱が微笑ましい。このミュージック・ビデオですら18万近いアクセスがある。

さらに「Yes We Can」は世界に広がる。

(YouTube - Yes We Can International/Obamamedia dot com)

Yes We Can International/Obamamedia dot com(出典:YouTube)

「100人で23カ国語」とうたっているがこれはあやしい。書き込みにも、「スイス語は間違い」などという辛口批評が掲載されている。多分、ニューヨークの貸しスタジオに外国人を集めて収録したのだろう。

日本人、韓国人、中国人も入っている。いずれにしても、これだけの芸達者たちが収入にもならないミュージック・ビデオ作りに熱中し、発信している(CDが売れ、エミー賞も取ってしまうかも知れないが)。こうしたところに米大統領選挙の一断面が象徴されていて面白い。

「Yes We Can」は実にさまざまなバリエーションがあって飽きない。米共和党の大統領候補、ジョン・マケイン氏をからかったような、「No You Can’t」なんていうのもある。時間があったら見てみたらいかがだろう。

(YouTube - John McCain : No, You Can't/barely political.com)

John McCain : No, You Can't/barely political.com(出典:YouTube)

掲載されて6カ月。76万人が見ている。こうした傑作や"欠陥作"を見ていると、大金をかけたテレビCMなんかより、よっぽど面白いと思うのだ。


執筆者プロフィール
河内 孝(かわち たかし)
1944(昭和19)年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。毎日新聞社政治部、ワシントン支局、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て2006年に退社。現在、(株)Office Kawachi代表、国際福祉事業団、全国老人福祉施設協議会理事。著述活動の傍ら、慶應義塾大学メディアコミュニケーション研究所、東京福祉大学で講師を務める。著書に「新聞社 破綻したビジネスモデル(新潮新書)」、「YouTube民主主義(マイコミ新書)」がある。