米国の保守派のコメンテイターが、米民主党のバラク・オバマ候補のことを、「彼はロックスターだ」と評したことがある。このコメントには、「芸能人的人気はあるが大統領候補としてはどうかね…」という否定的なニュアンスが濃厚に込められていた。しかし、若者やオバマ支持者には、「ロックスター」という評価は大受け。カッコよさ(クール! )のシンボル・ワードとなってしまった。

「オバマ現象」は"政治現象"ではなく"社会現象"

この辺りに、「オバマ現象」を政治の世界に閉じ込めてとらえようとする既成のメディアと、オバマ人気を支える草の根市民との間に存在する、大きな「パーセプション・ギャップ(認識の差)」がのぞく。彼らはオバマ氏の言動の中に、"新しい米国の胎動"もしくは"新しい米国の波頭"を見出したのだ。

だから彼らは、オバマ氏の繰り返す「Hope, Change ,Yes We can」というキー・ワーズを口ずさみながら、「自分の中のオバマ探し」に参加している。1960年代末、ベトナム反戦運動に参加した若者が、フォーク歌手ジョーン・バエズの「We shall overcome」を歌いながらデモをしたように。つまりオバマ現象は、"政治現象"ではなく、"社会現象"なのだ。

全米世論調査では必ずしも優勢でないオバマ氏

だからと言って私には、オバマ氏が今年11月の本選挙で楽勝するとは到底思えない。7月末から8月にかけての行われた五つの全米世論調査で、オバマ氏と米共和党候補のマケイン氏の支持率の差は、5~7ポイントにすぎない。USA Todayとギャラップの調査では、逆にマケイン氏が4ポイントリード、ラスムセンの調査では両氏は同率であった。

不況対策、イラク問題など、現実的な問題の処理能力を比較したとき、二人の間に大きな差はない。むしろ、政治経験の長いマケイン氏の方が有利かもしれない。過去の例を見れば、選挙年の夏のこの時期、国民から50%以上の支持を得て、相手候補に10ポイント以上の差をつけていないと、優勢とはいえないだろう。

ただ、アフリカ系米市民が民主党の大統領候補になったことが米国の社会に与えたインパクトは、とてつもなく大きい。オバマ氏が言う「Change(変化)」は、すでに起きたと言える。

本コラムで米大統領選を取り上げているこの数回にわたるシリーズの目的は、大統領選挙の結果を予測することではない。地滑り的な社会変化を発生させた変化形成のメカニズムに、インターネットがどのように関わりあったのか、を分析することである。

15%がインターネットを「第1の情報源」に

ネット調査会社eMarketer.comは7月10日の記事で、「もし大統領選挙がWebサイトのトラフィック量で決まるなら、オバマ氏はマケイン氏をはるかに凌駕している」として以下の表を掲示した。

サイトへのアクセス量は、オバマ氏が各月80%前後を占め、同20%前後にとどまっているマケイン氏を圧倒している(出典:eMarketer.com)

この表で一目瞭然なように、全米のネットユーザーが2008年4~6月にアクセスした大統領候補のサイトへのアクセス量は、オバマ氏が各月80%前後を占め、同20%前後にとどまっているマケイン氏を圧倒している。

一方、非営利の調査機関、Pew Research Centerが今年1月に行った「キャンペーン調査」(大統領選挙と同時に下院全議席、上院三分の一の改選も行われる)の結果では、増大するインターネットの影響力が改めて浮き彫りとなった。下図は「大統領選挙に関する最も重要な情報源は? 」との質問への答えの推移である。

「大統領選挙に関する第1の情報源は? 」との質問で、2007年はインターネット(15%)が新聞(12%)を抜き去った(出典:Pew Research Center)

テレビや新聞は1992年以来徐々に「第1の情報源」の地位を失いつつあり、2007年は、インターネット(15%)が新聞(12%)を抜き去った。これを「第1もしくは第2の情報源」と幅を広げると、インターネットを挙げる人は26%にまで上昇する。

「インターネット依存度」の差が世代間ギャップ生む

インターネットが選挙過程で果たす決定的な影響力、さらに圧倒的にオバマ・サイトに流れ込むネットユーザーのアクセス量を考えると、前に挙げた世論調査結果との落差が気になる。この差はどこから生まれてくるのだろうか?

疑問を解くカギは、Pew Research Centerが調査した「大統領選挙における1番目もしくは2番目に重要な情報源」に関する世代階層別の調査結果にある。

18歳から29歳の青年層では、「インターネット」を挙げた人が46%(2004年調査では21%以下)で新聞の24%(同30%)を抜き、テレビの60%(同75%)に迫りつつある。この46%という数字と、全世代への調査結果である26%との差が、ネットユーザーの反応と新聞などが行う世論調査とのギャップに関係してくる。

これは、インターネットへの依存度におけるジェネレーション・ギャップと見てもいいだろう。これに関連してもう一つ、興味あるデータを挙げておく。

前出のeMarketer.comの6月24日の記事によると、2008年に大統領候補者が使うインターネット広告費は約5,000万ドル(約53億円)と推計される。この数字自体は、確かに増加傾向にある。

とは言うものの、この金額は大統領候補が使う選挙期間中のキャンペーン総広告費の2%以下でしかない。インターネットは強い影響力を持ちながら、大統領選用の広告媒体として利活用されないのは何故なのか? もう少し掘り下げてみよう。


執筆者プロフィール
河内 孝(かわち たかし)
1944(昭和19)年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。毎日新聞社政治部、ワシントン支局、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て2006年に退社。現在、(株)Office Kawachi代表、国際福祉事業団、全国老人福祉施設協議会理事。著述活動の傍ら、慶應義塾大学メディアコミュニケーション研究所、東京福祉大学で講師を務める。著書に「新聞社 破綻したビジネスモデル(新潮新書)」、「YouTube民主主義(マイコミ新書)」がある。